第88話 白い帽子
学園祭の朝、学園の門には、早くから人の列ができていた。
生徒の家族に、王都の町の人たち。どの教室の前にも、色とりどりの看板が立っている。焼き菓子の甘い匂いと、串焼きの香ばしい匂いが、廊下じゅうに混じりあっていた。
フェイは、教室の奥に作った台所で、パンケーキを焼いていた。
鉄の板に生地を流すと、じゅっと音がして、ふちに小さな泡が立つ。泡が弾けたところで、ひっくり返す。山の家で、おばあちゃんに何百回もやらされたことだった。
「フェイ君、次、3枚!」
「はーい」
焼き上がったパンケーキを皿に載せて、振り返ったときだった。
仕切りの布が開いて、ソフィアとメイベルが入ってきた。
フェイは、皿を持ったまま固まった。
ナース服だった。襟の詰まった、膝の下までの白い服に、白い前掛け。頭には、小さな白い帽子がちょこんと載っている。帽子の真ん中に、赤い糸で、小さな十字が縫いとってあった。
「……ど、どうかしら。変じゃない?」
ソフィアが、前掛けの裾をぎゅっと握っていた。
「すごく似合ってる」
思ったことが、そのまま口から出た。
「白いの、2人ともよく似合うね。帽子もかわいい」
ソフィアの顔が、帽子の十字より赤くなった。メイベルは、帽子のつばを両手で押さえて、うつむいた。
「……フェイ様は、ずるいです」
「え、なんで?」
答えは、返ってこなかった。
店が開くと、客が次から次へと入ってきた。
王女様が給仕をしているという噂は、あっという間に学園じゅうに広まったらしい。教室の前に、長い列ができた。フェイのパンケーキも、焼いても焼いても追いつかなかった。
「おいしい! これ、誰が焼いてるの?」
「魔力0の、ほら、あの……」
「あの子が!?」
朝のいちばんの波が引いたのは、2つ目の鐘が鳴ったころだった。
フェイが額の汗を拭いていると、メイベルが、仕切りの布から顔を出した。
「フェイ様。しばらくは、もう焼かなくて大丈夫です。お店は、私が見ておきますので」
「え、でも」
「姫様と、学園祭を回ってきてください」
メイベルの後ろで、ソフィアが目を丸くしていた。
「メイ!? それなら、あなたも一緒に……」
「私は、残ります」
メイベルは、ソフィアの背中を、そっと押した。それから、ソフィアの耳もとで、何か囁いた。
ソフィアの耳が、また赤くなった。
「……い、行きましょう、フェイ!」
「その格好で?」
「着替えていたら、時間がもったいないもの!」
ソフィアは、フェイの手首をつかんで、廊下へ引っぱり出した。
振り返ると、メイベルが、仕切りの布の陰で、小さく手を振っていた。ほんの少しだけ、唇の端を上げていた。




