第9話 ひとつ、頼みがある
「頼み、ですか?」
イザベラが、すっと背筋をのばした。
賢者バルタザールが、王家に何かを頼む。鎧の男たちの顔つきからすると、それはとても珍しいことらしかった。
「わしも、もう80じゃ。ハンナも78になる」
バルタザールは、フェイの頭にぽんと手を置いた。大きくて、かさかさした手だった。
「わしらがおらんようになったら、この子は山で一人きりじゃ。人の中で暮らしたことが一度も無い。このままでは、一人で生きていくことになる」
「おじいちゃん?」
フェイは、手の下から見上げた。おじいちゃんがこんな話をするのを、初めて聞いた。
「これを機に、この子を学校へ入れてやってはくれんか」
山の上が、しんとした。
フェイは、言われたことがすぐには分からなかった。
学校。字の読み書きや、いろんなことを、同じくらいの年の子どもが集まって習う場所。おばあちゃんの話で聞いたことはある。でも、自分が行くところだとは、考えたこともなかった。
「喜んで」
イザベラは、迷わなかった。
「お引き受けします、バルタザール様。王都の魔法学校へ、私の名でお入れしましょう」
それから、フェイを見て微笑んだ。
「ソフィアとメイベルと同じ、1年生としてね」
ソフィアが、ぱっとイザベラの顔を見た。メイベルと手を取り合って、声にならない声を上げている。2人とも、また顔が赤かった。
「ま、待ってください」
フェイは、慌てて手を振った。
「おれが学校に行ったら、おじいちゃんたちのごはんは? 薪割りは? 洗濯は?」
ハンナが、腰に手を当てた。
「なに言ってんだい。そのくらい、2人でどうにでもなるよ」
「でも、おばあちゃん、最近腰が痛いって」
「痛かないよ」
ハンナは、ふいと横を向いた。
「それにね、フェイ。あんたは山の外を、何にも知らないだろう。行って、見ておいで。山は逃げやしないから」
フェイは、ハンナを見て、バルタザールを見た。
頭の上の手は、まだ離れていなかった。
「……行ったら、帰ってきてもいい?」
「当たり前じゃ」
バルタザールの声は、いつもと同じだった。
「ここは、お前の家じゃからな」
フェイは、ぐっと唇を結んだ。それから、イザベラに向きなおって、さっきよりも深く頭を下げた。
「よろしくお願いします!」
「ええ。よろしくね、フェイ」
顔を上げると、ソフィアがこっちを見ていた。目が合うと、ソフィアは慌てて下を向いて、小さな声で言った。
「……学校でも、よろしくお願いしますね」




