第86話 守りたい者
山で過ごした日々は、あっという間だった。
朝は、おじいちゃんと並んで腕立て伏せをした。昼は、おばあちゃんの畑で瓜をもいだ。夕方には鹿を1頭獲って、干し肉を作った。どれも、王都ではできないことだった。
王都へ戻る前の晩、フェイは、家の裏の岩に、おじいちゃんと並んで座っていた。
空には、星がこぼれそうなほど出ていた。王都の夜空とは、数が違う。虫の声が、草むらのあちこちから湧いていた。
「王都は、どうじゃ」
おじいちゃんが、星を見上げたまま訊いた。
「楽しいよ。最初は、魔力0って言われて、変な目で見られたけど」
「……うむ」
「でも、今は、友だちがいっぱいいる。ソフィとか、メイとか、リアとか。先輩も、先生も」
フェイは、指を折って数えはじめた。片手では、足りなかった。
「みんな、すごいんだよ。ソフィは王女様なのに、おれの手を引っぱって走るし。リアは、なんでも調べちゃうし。シエルは、自分が倒れるまで、病気の人を治そうとするし」
おじいちゃんは、黙って聞いていた。
フェイが喋り終えると、夜風が、岩の上を通りすぎていった。草の匂いが、少しだけ冷たくなっていた。もう、夏の終わりだった。
「守りたい者ができたか」
「え?」
「顔に、書いてある」
フェイは、自分の頬をさわった。何も、書いてなかった。
おじいちゃんの髭が、少しだけ揺れた。笑ったのだ。
「それなら、なおのことじゃ。困ったときは、頼れる者に頼れ。一人で全部やろうとするでない」
山を下りた朝にも、同じことを言われた。フェイは、大きくうなずいた。
次の朝、フェイは山を下りた。
坂の下で振り返ると、家の前に、小さな2つの影が並んでいた。あの朝と、同じだった。
乗合馬車を乗り継いで、王都の門をくぐったのは、2日後の夕方だった。
寮の前で、リアが待っていた。
「おかえり。日に焼けたわね」
「山の日差し、強いから」
「守り石の店のことだけど」
リアは、声を落とした。
「学園祭に店を出すのは、止めないことにしたの」
「え、なんで?」
「今、店をつぶしても、後ろにいるフードの男には逃げられるもの。当日はうちの者に見張らせて、男が顔を出したところを捕まえるわ」
「おれも手伝おうか?」
「あなたは目立ちすぎるのよ」
リアは、日傘をくるりと回した。
「だから、あなたは学園祭を楽しみなさい。……何よ、その顔」
「リア、学園祭、一緒に回らないの?」
日傘が、ぴたりと止まった。
「……私は、忙しいの」
リアは、ぷいと背を向けて、寮の門を出ていった。日傘の陰から見えた耳が、少しだけ赤かった。




