第82話 生ぬるい石
次の朝、フェイは、また病人の家を回っていた。
シエルの熱は、下がらなかった。医者の薬も効かない。教会の人たちと同じだった。
治しても戻る。家にいると、悪くなる。病人の家に入った人から、倒れていく。
――家に、何かがある。
フェイは、粉屋の通りに入って、3軒目の家の戸を開けた。
寝台に寝ている子どもを抱え上げようとして、ふと、手が止まった。
寝台の枕もとに、小さな石が吊るしてあった。親指の先くらいの、くすんだ緑の石。革の紐が通してある。
見覚えがあった。
昨日、鍛冶屋の寝台の横にも、同じものが掛かっていた。パン屋の奥の部屋にも。その前の、老婆の家にも。
「ねえ、これ、何?」
フェイは、戸口から覗いていた子どもの母親に訊いた。
「それかい? お守りだよ。病除けの」
母親は、口に巻いた布の上から、力なく笑った。
「病が流行る少し前に、行商人が売りに来たのさ。安かったし、魔石だっていうから、家族の分、みんな買ったんだよ。……ちっとも、効きやしないけどね」
フェイは、石を紐ごと外して、手のひらに載せた。
生ぬるかった。
石なのに、日にも当たっていないのに、人の肌みたいに温かい。握ると、手の中で、とくん、とくんと、かすかに脈打っている気がした。
子どもが、寝台の上で、小さく咳をした。
フェイは、手のひらの石を見た。それから、子どもを見た。
魔力の多い人ほど、症状が重くなる。石は、ずっと寝台の枕もとにある。夜のあいだも、ずっと。
「おばさん、これ、もらってもいい?」
「え? ああ、いいけど……」
フェイは、石を握って、館へ走った。
客間に飛びこむと、ブリジット先輩とノエル先生が、驚いて振り返った。寝台の上で、シエルが、浅い息をついている。
「先輩。シエル、行商人からお守りを買ってませんか?」
「お守り……?」
先輩が、はっとして、シエルの枕もとを見た。
小さな緑の石が、革の紐で、寝台の柱に結んであった。
「街に着いた日に……行商人が、聖女様にと、くださったのです。病除けのお守りだと……」
フェイは、紐をほどいて、石を手に取った。
生ぬるかった。さっきの石より、ずっと温かい。とくん、とくんと、手の中で脈を打っている。
ノエル先生が、眼鏡の奥で目を細めた。目に、魔力を込めたのだ。
「……なんだ、これは」
先生の声が、かすれた。
「シエルの光が、石に吸いこまれている」
フェイは、手のひらの石を、ぎゅっと握りしめた。
ぱきん、と乾いた音がした。
指のあいだから、緑の粉が、さらさらとこぼれ落ちた。
寝台の上で、シエルの浅い息が、ふうっと、長く、深くなった。




