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第80話 光の中の穴

 街の北の外れに、使われなくなった粉ひき小屋がある。


 その屋根裏の小窓から、フードの男は、教会の前の通りを見下ろしていた。膝の上に、紙の束を広げている。


 通りを、少年が走っていた。


 背中に1人、両腕に1人ずつ。大人を3人抱えて、坂を駆け上がっていく。病人の家から、出てきたばかりだった。


「……また、あいつか」


 男は、無意識に、自分の肋をさすった。


 王都の東の森で、あの少年に吹き飛ばされた。気がついたときには、森を抜けた先の、畑の真ん中に転がっていた。骨が3本、折れていた。


 男は、目に魔力を込めた。


 通りを行く人々が、ぼんやりと光って見える。年寄りは薄く、子どもは小さく。教会の中には、ひときわ明るい光が1つあった。聖女だ。


 少年の姿は、見えなかった。


 光の中に、そこだけぽっかりと穴が空いている。人がいるはずの場所に、何も無い。抱えられた病人の、か細い光だけが、宙に浮いて坂を上っていく。


 森で見たときと、同じだった。


 小屋の梯子が、ぎしりと鳴った。


 上がってきたのは、背負い箱をかついだ、愛想のいい顔の男だった。この辺りの村を回っている、行商人の格好をしている。


「旦那。聖女が来ましたぜ。治しても、ひと晩で元どおりだって、教会じゅう大騒ぎで」

「そうだろうな」

「それと、あの小僧。今日だけで、病人の家に40軒は入ってますが……」


 行商人は、小窓から通りを覗いて、首をひねった。


「ぴんぴんしてやがる。どういうことです?」


 フードの男は、答えなかった。紙の上で、筆を走らせる。


 ――魔力、無し。病、効かず。


 そこで、筆が止まった。


 魔力が無い者には、何も効かない。それは、この仕掛けの欠点だった。けれど、この国の人間は、生まれたときに魔力を測る。魔力の無い子は、ほとんどが捨てられる。だから、欠点は欠点のまま、放っておかれていた。


 男は、もう一度、通りを見下ろした。


 光の中の、穴。その穴が、病人を下ろし、また別の家へ駆けこんでいく。


 ――あれが、もし兵として並んだら。


 男は、紙の端に、小さく書き足した。


 ――名、フェイ。王都の学園。要、報告。


「旦那?」

「お前は、明日の朝、街を出ろ。売り物は、もう十分に行き渡った」

「へい。聖女の方は、放っておくんで?」


 男は、教会の中の、明るい光を見た。


 朝より、ずいぶん細くなっている。


「放っておけばいい。あれだけ家々を回れば、そのうち倒れる」


 行商人が、梯子を下りていった。


 男は、紙の束を丸めて、懐にしまった。小窓の外で、夕暮れの鐘が鳴りはじめていた。

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