第78話 魔力0だから
最初の家は、鍛冶屋だった。
戸を開けると、むっとした熱気が顔に当たった。炉は火が落ちて冷えているのに、部屋の中が妙に蒸し暑い。奥の寝台に、大柄な男が横たわっていた。
「誰だ……」
「教会まで運びます。聖女様が待ってます」
フェイは、男を背中に担いだ。それから、隣の寝台で寝ていた男の息子を、片腕で抱えた。
外に出ると、通りに集まっていた人たちが、どよめいた。
「おい、あの子、病人の家に入ったぞ」
「出てきた……。なんともないのか?」
なんともなかった。熱も出ないし、体もだるくない。いつもどおり、腹が減っているだけだ。
フェイは、教会と家々のあいだを、何度も往復した。1度に2人、ときには3人。足の悪い老婆を背負い、泣く赤ん坊を抱いた母親を、そのまま抱え上げて走った。
教会の前では、ノエル先生が、運びこまれた人の名前を帳面に書きつけていた。先生は、病人の家には入れない。そのかわり、水を汲み、布団を干し、修道女たちに指示を出していた。
「次は、粉屋の通りだ。3軒目と5軒目に、子どもがいる」
「はい!」
フェイが駆け出そうとすると、先生が、その腕をつかんだ。
「フェイ。本当に、なんともないんだな」
「なんともないです」
先生は、フェイの顔をじっと見た。それから、額に手を当てた。ひんやりした、細い指だった。
「……熱は、無いな」
先生は、手を離した。フェイが走り出してからも、その背中を目で追っていた。
日が暮れるまでに、フェイは42人を運んだ。
教会の中は、藁布団で埋まっていた。シエルが、その間を縫うように歩き、1人ずつ手をかざしていく。昨日より、ずっと手の光が細かった。
「シエル、顔、白いよ」
「だいじょうぶです。フェイさんこそ……」
シエルは、フェイを見上げた。運んでいるうちに上着を脱いで、シャツの袖をまくり上げていた。汗で、シャツが背中に貼りついている。
シエルの顔が、ぽっと赤くなった。
「……だ、だいじょうぶそうですね」
教会の入口で、腕を組んで立っている大きな影があった。
辺境伯だった。病人の家には入れないかわりに、日に何度も、教会の前まで様子を見に来ているらしい。
「小僧」
辺境伯は、フェイの前まで歩いてきた。
「今日、大の男を3人まとめて担いで、坂を駆け上がっていたな」
「はい。鍛冶屋さんの通りの坂です」
「息も切らさずに、だ」
辺境伯の目が、ぎらりと光った。顔の刀傷が、笑みの形に引きつれた。
「明日の朝、館の中庭に来い。手合わせを願いたい」
入口の陰で、ブリジット先輩が、小さく悲鳴を上げた。




