第77話 ひと晩で元どおり
次の朝から、シエルは街の教会に詰めた。
教会の床には、藁布団がずらりと敷かれていた。重い病人を、家から運んで寝かせてあるのだ。高い窓から差しこむ光の中に、細かい埃が舞っている。薬草を煮出した、苦い匂いがこもっていた。
シエルは、いちばん手前の布団の横に膝をついた。寝ているのは、若い騎士だった。顔が赤いのに、唇は白い。
シエルが、騎士の胸の上に手をかざした。
「光よ、癒やしを」
手のひらから、淡い光がこぼれた。光は、蜂蜜みたいにとろりと、騎士の胸に染みこんでいく。
騎士の荒い息が、少しずつ静かになっていった。赤かった顔から、熱が引いていく。
「……楽に、なった」
騎士が、かすれた声で言った。まわりで見ていた修道女たちが、わっと声を上げた。
シエルは、ほっと息をついて、次の布団へ移った。その次へ。また、その次へ。
ふだんのシエルは、本を逆さまに持つような子だ。今は、違った。病人の顔を見て、手首に触れて、どこが悪いのかを修道女に訊く。迷わない。手が止まらない。
フェイは、教会の入口で、その背中を見ていた。
昼を過ぎて、日が傾いても、シエルは手を止めなかった。額に汗が浮かび、かざす手の光が、少しずつ細くなっていく。
「シエル、休もうよ」
「あと、少しだけ……」
夕方、ようやく教会の中の全員に、光が行き渡った。
シエルは、祭壇の段に腰を下ろして、肩で息をしていた。それでも、顔は笑っていた。
「みなさん、熱が下がりました。……よかった」
ノエル先生が、水の入った木の椀を差し出した。
「よくやったな。今夜は、もう寝ろ」
その夜、館の客間で、フェイは久しぶりにぐっすり眠った。
次の朝。
教会の扉を開けたシエルが、入口で立ちすくんだ。
昨日、熱が下がったはずの騎士が、また真っ赤な顔をして、荒い息をついていた。その隣も。その隣も。
「そんな……」
シエルは、騎士の横に駆け寄って、手をかざした。光が、騎士の胸に染みこむ。熱が、引いていく。
けれど、修道女の1人が、青い顔で言った。
「聖女様。昨日の夜、家に帰した人たちも……今朝になって、また」
シエルの手が、止まった。
治しても、治しても、ひと晩たつと、元に戻ってしまう。
「どうして……」
小さな声が、高い天井に吸いこまれていった。
フェイは、教会の外に並ぶ家々の、布の下がった窓を見回した。
まだ、あの窓の向こうに、教会まで来られない人たちがいる。
「シエル。おれ、家にいる人たちを運んでくるよ」
「え……でも、病人の家には、入ってはいけないって」
「魔力の多い人は、でしょ」
フェイは、肩を回した。
「おれ、魔力0だから」




