第74話 嫌な予感がするのです
扉が開いた。
若い侍女が、寝台を見て固まった。
寝台の上には、仰向けのフェイ。その胸の上で、寝巻きのリアが、すうすうと寝息を立てていた。
侍女の顔が、見る見るうちに赤くなった。口が開いて、閉じて、また開く。
「し、ししし、失礼いたしましたっ!」
ばたん、と扉が閉まった。
その音で、リアが目を覚ました。ぼんやりと顔を上げて、フェイを見て、それから扉を見た。
「……今の、誰?」
「侍女の人だよ。シエルが来てるって」
リアは、しばらく扉を見つめていた。それから、ゆっくりとフェイの上から降りた。
「……母に言ったら、許さないわよ」
それは、フェイに言ったのか、扉の向こうの侍女に言ったのか、分からなかった。
応接間に下りると、長椅子の前に、2人が立っていた。
小柄なシエルと、その斜め後ろに、背の高いブリジット先輩。先輩は、腰に剣を帯びていた。
「お、おはようございます、フェイさん……」
シエルは、フェイの顔を見た。
その目が、すうっと下へ動きかけて、慌てて上に戻った。顔が、ぼっと赤くなる。
「はぅ……」
「シエル様!」
ふらりと傾いたシエルを、先輩が後ろから抱きとめた。その先輩も、フェイと目が合ったとたん、真っ赤になってうつむいた。
森でのことを、2人とも、まだ覚えているらしかった。
「えっと……2人とも、だいじょうぶ?」
「だ、だいじょうぶです。……座ってもいいですか?」
リアが、侍女に紅茶を頼んだ。長椅子に腰を下ろすと、シエルは、膝の上で両手をぎゅっと握った。
「アイゼンガルト領の国境の街で、病が流行っているのです」
ブリジット先輩の、家の領地だった。先輩の顔から、赤みが引いていた。
「熱が出て、起き上がれなくなる病です。原因が分からないのです。お医者様の薬も効かなくて……それで教会から、聖女のわたくしに行くようにと」
「シエルが治しに行くの?」
「はい。治癒の魔法なら、効くかもしれないので」
シエルは、そこで口ごもった。握った両手に、さらに力が入る。
「でも……今回は、嫌な予感がするのです」
「嫌な予感?」
「うまく言えないのですけれど。聖女の勘、と言われるものかもしれません」
シエルは、顔を上げた。まっすぐに、フェイを見る。
「フェイさんがいてくだされば、大丈夫な気がするのです」
言ってから、シエルは耳の先まで赤くなった。目を伏せて、消え入りそうな声で続ける。
「あの……一緒に、来ていただけないでしょうか……?」
フェイは、迷わなかった。
「うん、いいよ!」
「……ほ、本当ですか?」
「病気の人がいるんでしょ。おれ、力仕事なら得意だし」
シエルの顔が、ぱっと明るくなった。後ろで、ブリジット先輩が、ほっと息を吐いた。
「それと、あの……学園にお届けを出したら、ノエル先生が、一緒に来てくださるそうです。フェイさんだけだと、心配だから、と」
「え、おれだけだと心配なの?」
「当たり前でしょ」
リアが、即座に言った。紅茶の茶碗を置いて、窓の外に目をやる。
「国境の街、ね。……私も行きたいところだけど、うちは王都を空けられないの。だから、ここから手伝うわ」
「手伝うって?」
「王家の目の娘よ。裏で調べるのは、得意なの」
リアの目は、窓の向こうの、ずっと遠くの空を見ていた。




