第73話 約束
フェイの上で、リアが、小さく息を吸った。
「好きよ、フェイ」
月明かりの中で、リアの目が、まっすぐにフェイを見ていた。
「おれも好きだよ」
口が、勝手に動いていた。
「……あっ」
言ってから、フェイは固まった。
頭の中に、2つの顔が浮かんでいた。湯気の向こうでにらんでいたソフィア。月明かりの中で、つま先立ちになったメイベル。
好き、という言葉が、喉の奥で絡まった。リアが好きなのは、本当だった。でも、それなら、あの2人は――。
フェイの顔を見下ろして、リアが、ふっと笑った。からかう笑い方ではなかった。
「分かってるわ。あなたは、不器用だもの」
「リア……」
「ねえ、フェイ。この国ではね、伯爵より上の家なら、妻を何人か迎えていいの。知ってた?」
「え……知らない」
「でしょうね」
リアは、フェイの胸の上で、指を1本立てた。
「つまり、あなたは伯爵以上にならなきゃいけないの。今は准男爵だから、まだずっと先ね」
「伯爵……」
「好きって言ってくれたのは、うれしいわ。本当に」
立てた指が、フェイの胸を、とん、と叩いた。
「でも、あなたには、そこまで上がれる力がある。そうなれば、あなたが好きなソフィアやメイベルのことも、幸せにできるのよ」
フェイは、何も言えなかった。
「だから、約束して。これからは、好きになった人を幸せにするために、できることをするって」
「……リアは、それでいいの?」
「いいのよ。私も、皆が好きだから」
リアは、少しだけ照れくさそうに目をそらした。
「ソフィアは口うるさいし、メイベルはあれで頑固だけど。……あの2人がいなかったら、私、学園に戻れなかったもの」
フェイは、リアの手を取った。小指を、そっとからめる。山でおばあちゃんと約束をするときは、いつもこうしていた。
「約束する」
リアは、からめた小指を見て、くすりと笑った。それから、フェイの胸に、ぽすんと額を落とした。顔を見せたくないみたいだった。
フェイの胸の上で、リアの背中が、少しだけ震えていた。
フェイは、その背中に、そっと腕を回した。
昨日のメイベルのときは、胸の奥が、くすぐったかった。今日は、少し違った。この背中が、もう震えなくていいようにしたい。そんな気持ちが、腕に勝手に力を込めさせた。
リアの髪から、夜の庭の、草と花の匂いがした。
「……今夜だけ、ここにいていい?」
「うん」
リアは、何も言わずに、フェイの胸に頬を押しつけた。
やがて、胸の上の呼吸が、静かで、ゆっくりしたものに変わった。
フェイも、虫の音を聞きながら、いつの間にか眠っていた。
コン、コン。
扉を叩く音で、フェイは目を開けた。窓の外が、白く明るい。
「お嬢様。お客様がお見えです。……聖女のシエル様です」




