第71話 初めてのゴルフ
次の朝、王妃はとても機嫌がよかった。
「またいらっしゃいね、フェイさん。お風呂も、いつでも用意しておくわ」
「お母様!」
ソフィアは、フェイと目を合わせようとしなかった。耳だけが、ずっと赤い。
メイベルは、いつもと同じ顔で、深々と頭を下げた。
「いってらっしゃいませ、フェイ様」
様が、戻っていた。
顔を上げたメイベルが、ほんの少しだけ、唇の端を上げた。フェイは、手と足が同時に出そうになりながら、馬車に乗りこんだ。
ノクターン公爵家の屋敷は、王都の西にある丘の上に建っていた。
門をくぐると、黒い屋根の大きな館が見えた。その前に、リアと、2人の大人が立っていた。
1人は、謁見の間で見た顔だった。ノクターン公爵。白いものの混じった髭を、きれいに整えている。
「よく来てくれた、フェイ君」
公爵は、両手でフェイの手を握った。握手というより、しがみつくような握り方だった。
その隣で、細身の婦人が、目を潤ませていた。
「あなたがフェイさん……。娘を、助けてくださって……」
公爵夫人は、それ以上言えずに、ハンカチで目もとを押さえた。
「お母様、泣かないで。昨日から何回目よ」
「だって、リア……」
リアが、困ったように笑った。家族の前のリアは、学園のリアより、少しだけ子どもっぽかった。
昼食のあと、公爵が言った。
「フェイ君。ゴルフは、やったことがあるかね?」
「ごるふ?」
「リアが、君に見せたいと言っていたものだよ」
館の裏には、見渡すかぎりの芝が広がっていた。ところどころに小さな旗が立っていて、刈りたての草の匂いがする。
「棒で球を打って、あの旗の下の穴に入れるの。少ない回数で入れた方が勝ち」
リアが、細い棒をフェイに渡した。先が、平たく曲がっている。
「握り方は、こう。……違う、こうよ」
リアが、フェイの後ろに回った。手の上から、フェイの手を包みこむ。背中に、リアの体温がくっついた。
「足は肩の幅。膝を少し曲げて。……力を抜いて、振るの」
耳もとで、リアの声がした。フェイは、言われたとおりに棒を振った。
かきん、と澄んだ音がした。
球は、空に吸いこまれていった。旗を越え、芝を越え、屋敷の塀を越えて、見えなくなった。
手の中で、棒の先が、ぽきりと折れていた。
「……力を抜いてって、言ったわよね」
「抜いたよ!?」
公爵が、腹を抱えて笑い出した。夫人も、ハンカチを口に当てて肩を震わせている。
リアは、両親の顔を、少しのあいだ黙って見ていた。
それから、新しい棒を手に取って、フェイに渡した。
「もう1回。今度は、もっと抜くの」
その声が、さっきより少しだけ柔らかかった。




