第66話 回廊の肖像画
翌朝、寮の前に王家の馬車が停まった。
白い車体に、金の縁取り。馬まで、たてがみを編んでもらっている。寮の窓という窓から、居残りの生徒たちが顔を出していた。
馬車に揺られて、王都の大通りを抜ける。石畳を行く車輪の音が、だんだん静かになっていく。坂を上りきると、白い城が目の前にそびえていた。
前に来たのは、夜だった。肩に男を担いで、塔の壁を登った。
「今日は、ちゃんと門から入るのよ」
「分かってるよ、ソフィ」
門をくぐると、王妃が中庭まで出迎えに来ていた。淡い水色の衣が、日差しの中でふわりと揺れる。
「いらっしゃい、フェイさん。今日は、門から来てくれたのね」
「は、はい。あのときは、すみませんでした」
「いいのよ。楽しかったもの」
王妃は、ころころと笑った。それから、フェイの頭のてっぺんから靴の先までを、ゆっくりと眺めた。
「また背が伸びたかしら」
「お母様。お城を案内するのは、私たちですからね」
ソフィアが、フェイの腕を取って歩き出した。メイベルが、反対側の腕をそっと取る。王妃は、手を振って見送っていた。
城の中は、ひんやりしていた。石の壁が、夏の熱を吸いこんでしまうらしい。廊下には、蝋と古い木の匂いがこもっていた。
長い回廊の両側に、肖像画が並んでいた。冠をかぶった人たちが、みんな同じような顔でこちらを見下ろしている。
「歴代の王様よ。いちばん奥が、いちばん古いの」
奥の絵ほど、色が抜けていた。最初の1枚は、顔もほとんど見えない。
回廊の途中に、旗が2本、向かい合って掛けてあった。片方には、目の紋。もう片方には、剣の紋。
「王家の目と、王家の剣。ずっと昔から、2つの家がこの国を支えてきたの」
目の紋は、リアの家のものだ。フェイは、剣の紋をじっと見上げた。バルドリック家の地下牢で、怒鳴っていた男の声を思い出していた。
「フェイ様?」
「……ううん。なんでもない」
回廊のいちばん端に、1枚だけ、冠をかぶっていない人の絵があった。
若い男だった。長い髪を後ろで1つに束ねて、分厚い本を小脇に抱えている。肩幅が広くて、目尻に、笑いじわが少しだけあった。
フェイは、その絵の前で足を止めた。なぜだか、目が離せなかった。
メイベルが、額縁の下の小さな札を読み上げた。
「賢者、バルタザール様」
フェイは、もう一度、絵を見上げた。
目尻のしわが、山の家で、薪割りを見ているときのおじいちゃんと、同じ形をしていた。




