第64話 推挙
大会から3日後。
フェイは、生徒会室に呼ばれた。
生徒会室は、学園のいちばん高い塔の上にあった。窓が大きくて、学園じゅうが見下ろせる。棚には分厚い帳面がずらりと並んでいて、古い紙と蝋の匂いがした。
「よく来てくれた、フェイ君!」
会長は、窓を背にして両腕を広げた。すっかり、いつもの調子に戻っていた。
「まずは礼を言わせてくれ。君のおかげで、大会は無事に終わった。それから、私の命も助けてもらった」
「看板のことですか?」
「看板のことも、決勝のこともだ。あの暴発は、もともと私を狙ったものだったからね」
会長は、机の上の封筒を取り上げた。赤い封蝋に、白い山の紋が押してある。
「父からの手紙だ。ヴァイスベルク家は、君の後ろ盾になる。君が次に位を上げるとき、我が家が推挙すると約束しよう」
「すいきょ、ですか?」
「陛下に、この者を上げてやってほしい、と口添えすることだよ」
フェイは、よく分からないまま、封筒を受け取った。紙が、ずしりと重かった。
「それから、これは私個人の話なのだけれどね」
会長は、フェイの前まで歩いてくると、少しだけ身をかがめた。
「私より強い強者となれば、夢中になってしまうかもしれない。……そう言ったのを、覚えているかい?」
フェイの耳が、またじんじんし始めた。
「か、会長、また舐めるんですか?」
「今日は舐めないよ。……今日はね」
会長は、いたずらっぽく片目をつぶった。
生徒会室を出ると、廊下にソフィアとメイベルとリアが待ちかまえていた。3人とも、扉に耳を当てていた格好のまま、ぱっと姿勢を正した。
「……今日は、って言ったわね」
「言いました」
「聞こえたわ」
3人の目が、じっとりとフェイを見た。
そのとき、階段の下から、硬い靴音が上がってきた。
灰色の巻き髪が、ばねみたいに揺れている。クラリッサだった。
クラリッサは、フェイの前で足を止めた。顎を上げて、見下ろそうとして――うまくいかずに、目をそらした。
「……この前のお礼、まだ言ってなかったから」
「お礼は言わないって、言ってませんでした?」
「う、うるさいわね! 気が変わったのよ!」
クラリッサは、真っ赤になって、手に持っていた小さな包みをフェイの胸に押しつけた。
「焼き菓子。……ギュンターに教わって、私が焼いたの。初めてだから、形は悪いけど」
包みの口から、少し焦げた甘い匂いがした。
「ありがとうございます、クララ先輩!」
「く、クララって……! だ、誰が愛称で呼んでいいって……」
クラリッサは、それ以上言えずに、階段を駆け下りていった。
廊下に残されたフェイの背中に、3人分の視線が突き刺さった。
次の日、学園には新しい噂が流れていた。
夜の円卓の席は、もう噂だけではなくなってきたらしい、と。




