第63話 対の魔石
大会は、中止にならなかった。
決勝は、次の日の朝にやり直された。客席は前の日よりもさらに埋まって、立ち見の生徒が通路にまであふれていた。
会長とクラリッサは、結界の中で真っ向からぶつかった。氷と光が何度も砕けて、そのたびに歓声が演習場を揺らした。最後に立っていたのは、会長だった。
クラリッサは、地面に膝をついたまま、息を切らして笑った。
「……来年は、勝つわ」
「楽しみにしているよ。私は来年、もういないけれどね」
会長が差し出した手を、クラリッサはしっかりと握った。
ギュンターの処分は、その日の昼に決まった。
学園長室から出てきたのは、会長と、グラウベルク侯爵だった。灰色の髭をたくわえた、厳しい顔の人だった。侯爵は、ギュンターのしたことを、その朝初めて知ったらしい。
「けが人は、1人も出ていない」
会長が、廊下で待っていたフェイたちに告げた。
「魔石が割れたのも、看板が落ちたのも、決勝の暴発も。全部、フェイ君が寸前で止めてくれたからね。ヴァイスベルク家も、訴えは起こさない。……厳重注意、ということになった」
ソフィアとメイベルが、ほっと息をついた。リアは、窓の外を見ながら「甘いわね」と呟いたが、口もとは少し笑っていた。
夕方。寮へ戻る道で、フェイは呼び止められた。
「フェイ様」
ギュンターが、道の脇に立っていた。
片眼鏡は、もうきちんと目にはまっていた。背筋も、ぴしりと伸びている。けれど、一晩で、少し痩せたように見えた。
ギュンターは、フェイの前で、深く腰を折った。
「このたびは、お詫びの言葉もございません。そして……お嬢様をお救いくださいましたこと、このギュンター、生涯忘れはいたしません」
「いいですよ、そんなの。クララ先輩、けがしなかったし」
「よくはございません」
ギュンターは、顔を上げた。
「あなた様がおられなければ、お嬢様は今ごろ、どうなっていたか。私は、あなた様に、一生かかっても返しきれぬ借りができました」
ギュンターは、懐から小さな布の包みを取り出した。
包みの中に、親指の先ほどの石が1つ入っていた。透きとおった緑色で、夕日を受けて、中で光がゆらゆら揺れている。
「対になった魔石でございます。片方は、私が持っております。この石に話しかけていただければ、いつでも、どこでも、私に声が届きます」
「話しかけるだけですか? おれ、魔力が無いですよ?」
「石そのものに、魔力が込めてございます。どなたでもお使いになれます」
フェイは、石を夕日にかざした。緑の光が、手のひらの上で揺れた。
「お困りのときは、いつでもお呼びください。このギュンター、どこへでも参ります」
ギュンターは、もう一度、深く頭を下げた。
白い頭が上がるまで、フェイは、石を握ったまま待っていた。




