第61話 初めての名前
「会長! 足もと!」
フェイの叫び声は、歓声にかき消された。
会長の手の中の光が、いちばん大きくふくらんだ。詠唱の最後の一言が、唇から離れる。
その瞬間、足もとの土が、内側から弾けた。
埋められていた魔石が、砕けて光を噴き上げた。会長の光とぶつかって、絡みあう。まっすぐ飛ぶはずだった光が、ねじれて、ふくれて、形を失った。
会長が、目を見開いた。
ねじれた光の塊は、会長の手を離れて、跳ねるように飛んだ。会長の方ではなかった。
氷の柱を、紙みたいに貫いて、西へ。
クラリッサの方へ。
クラリッサは、両手を地面についたままだった。氷の壁を立てようとして、間に合わない。琥珀色の目に、白い光が映っていた。
客席から、悲鳴が上がった。
フェイは、結界の膜に飛びこんだ。
光の膜は、魔法を外へ漏らさないためのものだった。魔力の無いフェイの体は、何の手応えも無く、それを通り抜けた。
地面を蹴る。1歩、2歩。氷の柱の破片が、頬をかすめる。
クラリッサの前に、フェイは滑りこんだ。
光の塊が、目の前に迫っていた。熱いのか、冷たいのか、分からなかった。ただ、目を開けていられないほど眩しかった。
フェイは、拳を握った。
「――せいっ!」
右の拳が、光の真ん中を打ち抜いた。
音が消えた。
次の瞬間、光が、内側から破裂した。無数の粒になって、四方へ散らばる。粒は、結界の膜に当たって、雪みたいに静かに溶けていった。
演習場に、きらきらと光の粉が降った。
フェイは、拳を下ろした。手の甲から、細い煙が上がっていた。
「……大丈夫ですか?」
振り返ると、クラリッサが、地面に座りこんだまま、フェイを見上げていた。
巻いた髪に、光の粉が積もっていた。頬にも、肩にも。けがは、どこにも無かった。
クラリッサの唇が、震えた。
「……どうして」
「え?」
「どうして、また助けるのよ。私、あなたのこと、変態って……犯人だって……」
「だって、危なかったので」
フェイは、首をかしげた。それ以外の理由が、思いつかなかった。
クラリッサは、何か言おうとして、言えなかった。琥珀色の目に、みるみる涙がたまっていく。それを手の甲でぐいっと拭って、クラリッサは小さな声で言った。
「……フェイ」
初めて、名前で呼ばれた。
フェイは、にっと笑って、手を差し出した。
今度は、払いのけられなかった。




