第59話 開会の挨拶
大会の朝は、よく晴れた。
演習場の客席は、朝早くから生徒で埋まっていた。売り子が焼き菓子を売り歩いていて、甘い匂いがあちこちから漂ってくる。先生たちも、来賓の貴族たちも、正面の席に並んでいた。
フェイは、客席のいちばん下を、ゆっくり歩いていた。腕には、生徒会の白い腕章を巻いている。会長が「見回りの印だ」と言って、朝いちばんに巻いてくれたものだった。
「夜這いのフェイが、腕章なんか付けてる……」
「円卓の騎士団長だからな……」
ひそひそ声は、もう気にしないことにした。
あの夜から今日まで、魔石は1つも割れなかった。フェイが毎晩、演習場で見張っていたからだ。影は、二度と現れなかった。
ラッパが鳴った。
演習場の正面に、木の壇が組まれていた。その上に、会長が上がっていく。壇の真上には、大会の名を金の字で書いた、大きな看板が吊るしてあった。大人が3人並んで寝られるほどの、厚い板だった。
「諸君! 今年も、この日がやってきた!」
会長が両腕を広げると、客席がわっと沸いた。
フェイは、壇の脇で足を止めた。
ふわりと、匂いがした。
焼き菓子の甘い匂いに混じって、あの、果物の皮みたいな匂い。それから、鼻を刺す、あの瓶の匂い。
フェイは、顔を上げた。
看板を吊るしている2本の太い縄。その片方の、結び目のあたりが、じわじわと黒く変わっていた。焦げているのではない。何かに溶かされて、細くなっていく。
ぶつり、と音がした。
縄が切れた。看板が傾く。もう片方の縄も、重さに耐えきれずに、ぶちぶちと裂けていく。
会長が、気配に気づいて上を見た。
「――っ」
厚い板が、まっすぐ会長の上へ落ちてきた。
フェイは、壇に飛び乗った。会長の前に出て、両手を頭の上へ突き出す。
ずしん、と重さが腕にのしかかった。
壇の板が、フェイの足の下でみしりと鳴った。それだけだった。フェイは、看板を両手で頭の上に掲げたまま、立っていた。
「会長、大丈夫ですか?」
会長は、口を開けたまま、フェイを見上げていた。
客席が、静まりかえった。それから、どっと割れるような歓声が上がった。
「……フェイ君」
会長は、胸に手を当てて、いつもの調子を取り戻そうとした。けれど、声が少しかすれていた。
「君という人は。……開会の挨拶を、主役に取られてしまったな」
フェイは、看板を壇の脇へそっと下ろした。
客席の前の方で、灰色の巻き髪が、ぴくりと揺れた。クラリッサが、組んでいた腕をほどいて、こちらを見ていた。
その琥珀色の目に、初めて、迷うような色が浮かんでいた。




