第58話 夜の円卓
噂は、昼までに学園じゅうを一周した。
「あいつ、ソフィア様たちでは飽き足らず、クララまで……」
「最近では会長もたらし込んだらしいぞ……」
「ノクターン家のヴィクトリア様も、あいつのことは愛称で呼ばせてるって」
廊下を歩くだけで、背中に声が刺さる。男子生徒の目は冷たく、女子生徒の目は、なぜか少しきらきらしていた。
昼休みの中庭で、フェイはリアから、さらにひどい話を聞かされた。
「夜の円卓、ですって」
「なにそれ」
「あなたの周りの女の子たちのこと。夜這いのフェイの、円卓の騎士。席は今のところ5つ。ソフィア、メイベル、私、クラリッサ様、それに会長」
リアは、紅茶のカップを口もとに運んだ。
「誰が言い出したのかしら。悪くない響きよね」
「リア! 感心しないで!」
ソフィアが、ベンチから立ち上がって叫んだ。
「私はまだ一度も……その、されてないのに、円卓に数えられてるの!?」
「数えられてるのは、わたくしもです……」
メイベルが、サンドイッチを両手で持ったまま、遠い目をしていた。
そのとき、中庭の向こうから、硬い靴音が近づいてきた。
巻いた髪が、ばねみたいに揺れている。クラリッサだった。後ろに、背の高い年配の男を1人連れていた。
白髪を後ろで短く束ね、白い口ひげをきれいに整えている。片目に、丸い眼鏡をはめていた。黒い燕尾の服が、背中の線に沿ってぴしりと伸びている。手には、銀の盆と、湯気の立つカップを捧げ持っていた。
「お嬢様。お茶が冷めてしまいます」
「いいのよ、ギュンター。すぐ済むから」
クラリッサは、フェイの前で足を止めると、顎を上げて見下ろした。
「変態」
「おれ、フェイです」
「変態で十分よ。いいこと? 大会が終わるまで、二度と私に近づかないで。それから、魔石にも」
それだけ言って、くるりと踵を返す。
「参りましょう、お嬢様」
年配の男――ギュンターが、フェイに向かって、丁寧に一礼した。片眼鏡の奥の目は、静かで、何も読めなかった。
2人が去っていくとき、風が、カップの湯気を運んできた。
甘いような、すっとするような、果物の皮みたいな匂い。
「……あれ?」
フェイは、鼻をひくつかせた。どこかで嗅いだ匂いだった。どこだったか、思い出そうとして――
「フェイ! 聞いてるの!?」
「円卓の件は、まだ終わっていません、フェイ様!」
左右から袖を引っぱられて、思い出しかけた何かは、どこかへ飛んでいってしまった。
リアだけが、去っていく燕尾の背中を、紫の瞳でじっと追っていた。




