第57話 夜這いって何?
次の朝。
フェイは、少しがに股で教室に入った。歩くたびに、腹の底がまだずんと重い。
教室の空気が、おかしかった。
フェイが入った途端に、おしゃべりがぴたりと止まる。それから、ひそひそ声が、さざ波みたいに広がっていった。
「来たぞ……」
「夜這いのフェイだ」
「グラウベルク様の寝間着を……」
フェイは、首をかしげながら席についた。
ソフィアとメイベルが、左右から同時に、フェイの机に手をついた。どん、と机が鳴った。
「フェイ」
「フェイ様」
2人とも、にこにこしていた。目だけが、まったく笑っていなかった。
「おはよ。2人とも、どうしたの?」
「どうしたの、じゃないわ。2年のクラリッサ様が、ゆうべ広場であなたに押し倒されたって、今朝、食堂でお友達に話していたそうよ」
「寝間着姿のところを、です」
メイベルが、帳面に何か書きつけながら言った。ペン先が紙を破りそうだった。
「あれは、ぶつかっただけだよ。人を追いかけてて――」
「ぶつかって、押し倒したのね?」
「……うん。まあ」
ソフィアの手の中で、机の端がみしりと鳴った。
ソフィアが、ぐいっと顔を近づけてくる。
「なぜ私たちではないのですか?!」
教室じゅうが、しんとなった。
ソフィアは自分の言ったことに気づいて、真っ赤になった。けれど、引かなかった。メイベルも、隣でこくこくとうなずいていた。
「窓から入ったのは、わたくしたちの方が先です!」
「メイ、それは今言わなくていいの!」
フェイは、2人の顔を交互に見た。それから、心の底から不思議そうに、首をかしげた。
「ねえ。夜這いって何?」
ソフィアとメイベルが、同時に固まった。
「よ、夜這いっていうのは……その……」
「よ、夜に……殿方が……ご婦人の、お部屋に……」
2人の声が、どんどん小さくなっていく。最後は、2人そろって両手で顔を覆ってしまった。
フェイは、ますます分からなくなった。
「夜に部屋に行くの? それなら、ソフィたちがおれの部屋に来たのも、夜這い?」
ソフィアの耳から、湯気が出た気がした。
後ろの席で、また誰かが椅子ごとひっくり返った。




