第53話 あっチッチッチ!
次に結界へ入ったのは、3年の男子生徒だった。会長に次ぐ、3年の実力者だと、メイベルが言った。
男子生徒が両手を突き出して、長い詠唱を始める。手のひらの前に、火の玉がふくらんでいく。人の頭ほど、樽ほど、と大きくなって、演習場の空気がゆらゆら揺れた。
クラリッサは、結界のすぐ外に立って、腕を組んでそれを見ていた。
フェイは、隅の魔石から目を離さなかった。瞬きが、どんどん速くなっている。
「ソフィ。あの石、変じゃない?」
「石?」
ソフィアが振り向いた瞬間、火の玉が放たれた。
結界の膜に、炎がぶつかる。いつもなら、ばちっと弾けて終わるはずだった。
ぴしり、と音がした。
隅の魔石に、ひびが走った。光の膜が、薄い硝子みたいに砕ける。行き場を失った炎が、大きくふくれ上がって、膜の破れ目から外へ噴き出した。
破れ目の、正面。
クラリッサが、組んでいた腕をほどいたまま、立ちつくしていた。
詠唱が、間に合わない。琥珀色の目に、迫ってくる炎が映っていた。
フェイは、もう客席にいなかった。
手すりを蹴って、クラリッサの前に降りる。熱い風が、顔にぶつかってくる。フェイは、口もとに笑みを浮かべて、右手だけを前に差し出した。
炎が、手のひらにぶつかった。
じゅっ、と音がした。ふくれ上がっていた炎が、そこから先へ進めずに、手のひらの前でぐるぐると渦を巻く。フェイは笑ったまま、指を閉じた。握りこまれた炎が、拳のすき間から煙になって噴き出していく。
ぽふっと音を立てて、炎は消えた。
フェイの笑みが、そのまま固まった。
「あっチッチッチ!」
フェイは、右手をぶんぶん振った。それから、赤くなった手のひらにふうふう息を吹きかけた。演習場に、焦げた匂いと、白い煙だけが残った。
客席が、しんと静まりかえった。
「大丈夫ですか?」
フェイが振り返ると、クラリッサは地面にぺたんと座りこんでいた。巻いた髪の先が、少しだけ焦げて縮れている。
「あ、あなた……今、炎を、素手で……」
「はい。熱かったです」
フェイは、手のひらを差し出した。
クラリッサは、その手を見つめた。それから、ぱしんと払いのけて、自分で立ち上がった。
「……た、助けてなんて、頼んでないわ」
声が、少し震えていた。
「それに、礼は言わないから。魔力無しに助けられたなんて、グラウベルクの名折れよ」
クラリッサは、焦げた髪先を握りしめて、足早に演習場を出ていった。耳の先が、赤かった。
「フェイ!」
ソフィアたちが駆け下りてくる。その後ろから、拍手が1つ、ゆっくりと響いた。
演習場の入り口に、会長が立っていた。




