第52話 氷のお嬢様
大会まで、あと半月。
放課後の演習場は、いつもより騒がしかった。出場の決まった生徒たちが、順番に結界の中へ入って、魔法を撃ち合っている。
演習場の四隅には、拳ほどの青い魔石が台座に据えてある。それが光の膜を張って、中で撃った魔法を外へ漏らさない仕組みだった。膜に炎がぶつかるたび、ばちっと音がして、焦げた匂いが客席まで流れてくる。
フェイは、ソフィアたちと並んで客席に座っていた。
「すごいね。みんな、授業のときより全然強い」
「出場するのは、各学年の上の方の人たちだもの」
ソフィアが、膝の上で手を組んだ。
「今年の本命は、やっぱり会長ね。それと、もう1人」
結界の中に、1人の女子生徒が入っていった。
灰色がかった髪を、両脇で大きく巻いている。歩くたびに、巻いた髪がばねみたいに揺れた。背筋をぴんと張って、まわりを見下ろすように顎を上げている。
「2年のクラリッサ・グラウベルク様。グラウベルク侯爵家のお嬢様です」
メイベルが、帳面をめくりながら教えてくれた。
「氷の魔法では、学園で並ぶ人がいないそうです。去年の大会では、決勝で会長に負けて2位でした」
クラリッサが、短く詠唱して手を払った。
結界の中の空気が、一瞬で白くなった。相手の撃った炎が、届く前に凍りついて、ぱきんと割れて落ちる。客席から、どよめきが上がった。
「へえ。きれいだなあ」
フェイが思わず身を乗り出すと、クラリッサがこちらを向いた。琥珀色の目が、フェイを上から下まで眺めて、すっと細くなる。
「……あら。そこにいるのは、噂の魔力無し?」
よく通る声だった。客席の何人かが、くすくす笑った。
「何の用かしら。見学なら、もっと後ろの席にしてちょうだい。魔力の無い人が前にいると、目障りなの」
「ちょっと、クラリッサ様……!」
ソフィアが立ち上がりかけたのを、フェイは袖を引いて止めた。
「いいよ、ソフィ。後ろに行こ」
「よくないわ!」
「だって、前にいると邪魔なんでしょ?」
フェイは本当に席を立とうとしていた。クラリッサが、毒気を抜かれたように口を半分開けた。
「……ふん」
クラリッサは顔を背けて、結界の中央へ戻っていった。
そのとき、フェイは鼻をひくつかせた。
焦げた匂いに混じって、何か別の匂いがする。油の切れた鍋みたいな、つんと鼻の奥を刺す匂い。結界の隅の、青い魔石の方からだった。
魔石の光が、ちかちかと瞬いていた。




