第49話 抜け駆けは許しませんよ
次の日の朝。
寮の前に、ソフィアとメイベルが立っていた。ソフィアの腕に、紺色の上着が畳んで載っている。
「……お返しするわ。昨日は、ごめんなさい」
「ありがとうございました、フェイ様」
2人とも、目の下がうっすら黒かった。ソフィアの左の人差し指には、細い布が巻いてある。
「2人とも、眠そうだね?」
「眠くないわ」
「眠くありません」
声がそろった。フェイは首をかしげて、上着に袖を通した。どこも変わったところは無い。昨日と同じ、糊の匂いがした。
昼休み。中庭へ続く廊下で、うしろから軽い足音が追いついてきた。
「フェイ」
リアだった。昨日の赤い頬はもう引いていて、いつもの涼しい顔をしている。
「どう? 新しい制服は」
「すごく動きやすいよ。肩も窮屈じゃない」
「でしょう?」
リアは、満足そうに目を細めた。それから、何でもないことのようにフェイの上着の前をつまんで、ぺらりとめくった。
「り、リア?」
「ちょっと確かめるだけ」
細い指が、裏地の左胸をなぞる。紫の薔薇と、「V」の飾り文字。
その指が、止まった。
薔薇のすぐ右に、金色の糸で、少しいびつな星がひとつ。その下に「S」。さらにその右に、白い糸で、5枚の花びらの小花がひとつ。こちらは目が細かく、きっちり揃っていて、下に「M」。
リアの口が、開いたまま閉じなくなった。
「ちょっと、このマークは何!?」
フェイの両脇から、すっと2つの影が出てきた。
「私たちのマークです」
「です」
ソフィアが、包帯を巻いた指を腰に当てた。
「抜け駆けは許しませんよ、リア!」
「リア様!」
「抜け駆けって、私が仕立てさせた制服よ!? なんで勝手に縫ってるの!」
「先に勝手に縫ったのはリアでしょう!」
「わたくしなんて、姫様の星を3回作り直しました!」
「それは言わなくていいの、メイ!」
リアが上着の右の襟をつかむ。ソフィアが左の襟をつかむ。メイベルが、なぜか裾をつかむ。3方向から引っぱられて、フェイの体が廊下の真ん中で右へ左へ揺れた。
「ちょ、ちょっと、破れる! これ3着目なんだよ!?」
ボタンが1つ、ぷちんと飛んだ。石の床を、ころころと転がっていく。
転がったボタンが、誰かの靴のつま先に当たって止まった。
よく磨かれた、上級生の靴だった。その人は、ボタンを拾い上げると、指先でくるりと回した。
「やあ!」
廊下じゅうに通る、よく張った声だった。
「君がフェイ君だね?」




