第43話 たらしこむって?
噂は、昼休みが終わるころには学校じゅうに回っていた。
「聞いた? あの魔力無し、ヴィクトリア様だけじゃないんですって」
「王女殿下と、侍女の子まで?」
「3人よ、3人! しかも、たった1日で愛称呼び!」
「准男爵になったとたんに、3人もたらし込むなんて」
廊下を歩くと、ひそひそ声がついてきた。振り向くと止む。前を向くと、また始まる。
フェイは、隣を歩くソフィアの袖を引いた。
「ねえ、ソフィ」
「な、なに?」
愛称で呼ばれるたびに、ソフィアの返事は少しだけ裏返る。
「たらしこむって、どういう意味?」
ソフィアが、盛大にむせた。
メイベルがその背中をさすりながら、ちらりとフェイを見た。
「……フェイ様は、知らなくていい言葉です」
「でも、おれのことなんだよね?」
「知らなくていい言葉です」
メイベルはにっこり笑って、それ以上は何も言わなかった。
◆
午後の授業の終わりに、教室の扉が開いて、背の高い女の先生が入ってきた。
長い髪に、眼鏡。すらりとした立ち姿で教壇に上がると、ざわついていた男子たちが、なぜか静かになった。
フェイは、その顔に見覚えがあった。初めての実技の授業で、名簿を見て少し困った顔をして、「……君は、見学でいい」と言った先生だ。
「実技を受け持っているノエルだ。来週、1年生全員で野外実習を行う。その引率をする」
教室が、ざわっと沸いた。
「場所は、王都の東の森。4人で1組になって森に入り、課題の薬草を集めて戻ってくること。魔獣の出る区域ではないが、油断はしないように。それから、聖女のシエルの組には、2年のアイゼンガルトが護衛として付く。見かけても驚かないように」
聖女、と誰かがささやいた。隣のクラスにいる、治癒魔法の使い手のことらしい。フェイは、まだ会ったことがなかった。
ノエル先生は、眼鏡の奥から教室を見渡した。その目が、一瞬だけフェイの上で止まった気がした。
けれど、すぐにそれどころではなくなった。
「森!」
気がつくと、立ち上がっていた。
「森なら、おれ、得意だよ! 薬草も、食べられるキノコも、ぜんぶ分かる!」
教室が、しんとなった。それから、あちこちでくすくす笑いが起きた。
「さすが山育ち」
「魔法の実習なのにね」
フェイは気にせずに、ソフィアとメイベルを振り返った。
「ソフィ、メイ、一緒の組になろう!」
2人は顔を見合わせて、同時に、ぱっと頬を染めた。
「も、もちろんよ」
「はい!」
「あと1人、どうしよう」
「それなら、私が入るわ」
声は、教室の扉のほうからした。
ヴィクトリアが、扉の枠にもたれて立っていた。いつからそこにいたのか、誰も気づいていなかった。
「学年全員の実習なら、クラスは関係ないでしょう?」
ソフィアとメイベルが何か言うより先に、フェイが手を挙げていた。
「いいよ! これで4人だ!」
ソフィアの口が、「あ」の形のまま固まった。メイベルが、小さく息をついた。
教室の後ろで、誰かがささやいた。
「……また、たらし込んでる」




