第41話 バカあ!
その一部始終を、向かいの校舎の窓から見ていた女子生徒がいた。
噂話が三度のごはんより好きで、口の軽さでは1年生でいちばんと言われている子だった。
「み、見ちゃった……!」
その子が昼休みの終わりまでに話した相手は、12人。12人がそれぞれまた誰かに話し、放課後には、学校じゅうが知っていた。
「ヴィクトリア様が、准男爵になったあの魔力無しに!」
「く、口づけって、ほんとに!?」
「屋上で!? 昼間に!?」
◆
その夜。
フェイは、寮の部屋の寝台の上で、天井を見つめていた。
昼からずっと、頭がぼうっとしている。午後の授業で先生に何を訊かれたのかも、晩ごはんに何を食べたのかも、よく覚えていなかった。
コン、コン。
窓が鳴った。
見ると、窓の外の植え込みに、ソフィアとメイベルが立っていた。2人とも、にこにこしている。とても、にこにこしている。
「こんばんは、フェイ」
「こんばんは、フェイ様」
フェイは、なぜか背中がぞくりとした。
「ど、どうしたの?」
「お話があるの。入ってもいいかしら」
フェイは、窓を開けた。2人は、するりと部屋の中に入ってきた。
窓越しではなく、部屋の中に2人がいるのは、初めてだった。
ソフィアが、寝台に腰かけた。メイベルが、窓を閉めて、その前に立った。逃げ道を塞ぐ位置だった。
2人とも、まだにこにこしていた。
「フェイ様」
先に口を開いたのは、メイベルだった。にこにこが、ぴしりと音を立てて割れた。
「どういうことですかあ!?」
「ほんとに信じられません!」
ソフィアも立ち上がった。顔が真っ赤だった。
「屋上で! ヴィクトリアと! 学校じゅうの噂よ!」
「ち、違うんだ! おれは、ただ呼ばれて、行っただけで」
「行っただけで、どうしてそうなるんですかあ!」
「リアって呼んでって言われて、呼んだら、急に……」
「リア!?」
2人の声が、ぴったり重なった。
フェイは、しまった、と思った。何がしまったのかは分からないけれど、とにかくしまった、と思った。
「そ、それで、かっこよかったって言われて……」
言いながら、思い出してしまった。
屋上の風。目の前で笑っていた、紫の瞳。つま先立ちになって近づいてきた顔。やわらかくて、ほんのり温かかった――。
フェイの顔が、勝手にゆるんだ。
「……えへへ」
部屋の空気が、凍った。
「にやけたわね」
「にやけましたね」
ソフィアが枕をつかんだ。メイベルが、もう1つの枕をつかんだ。
「バカあ!」
「バカあ!」
2つの枕が、左右から同時に、フェイの顔にめりこんだ。
「グハッ」
熊にも、紅蓮爆砕にもびくともしなかった少年は、寝台の上に仰向けにひっくり返った。




