第39話 一礼
3枚目の号外は、その日の夕方には学校じゅうに配られていた。
――王女殿下襲撃の黒幕は、バルドリック子爵。
――ノクターン公爵家への疑いは、すべて晴れる。
――刺客を捕らえた騎士爵フェイ、准男爵に叙せられる。
「バルドリック家だったのかよ……」
「じゃあ、ノクターン家は濡れ衣?」
「准男爵って、あの魔力無しが?」
寮の食堂でも、廊下でも、誰もがその話をしていた。1枚目の号外のときと、同じ口で。
翌朝。
フェイが、ソフィアとメイベルと3人で校舎に入ると、廊下にいつもより人が多かった。誰もが、何かを待つように、ちらちらと入り口のほうを見ている。
やがて、その入り口に、夜の色の髪が現れた。
ヴィクトリアだった。
後ろには、誰も連れていない。1人で、背筋をのばして、廊下の真ん中を歩いてくる。乾いた制服の裾が、歩くたびに静かに揺れていた。
廊下の両側の生徒たちが、さっと道を空けた。
空けたけれど、誰も、ヴィクトリアの顔を見られなかった。
バケツを持っていた女子生徒が、壁際で下を向いていた。手洗い場に引きずりこんだという子たちも。あの日、廊下で「平民上がりが」と叫んだ子も。マルタたちは、柱の陰に隠れるようにして、制服の裾を握りしめていた。
ヴィクトリアは、その誰の前でも、足を止めなかった。
廊下の先の階段から、2年生が何人か下りてきた。
先頭にいた男子が、ヴィクトリアを見て立ち止まった。ソフィアが、息を呑んだ。
「お兄様……」
アルベルトだった。
顔色が、ひどく悪かった。何か言おうとして、口を開きかけて、ヴィクトリアの前に一歩踏み出す。
「ヴィクトリア。僕は……その、君に」
ヴィクトリアは、アルベルトの前で立ち止まった。
そして、スカートの裾をつまんで、深く、きれいに一礼した。
それだけだった。
顔を上げると、ヴィクトリアはアルベルトの横を通り過ぎていった。振り返りもしなかった。
アルベルトは、言いかけた言葉を飲みこんだまま、立ち尽くしていた。
フェイは、ふと階段の上を見た。
踊り場の手すりに、男子生徒が1人もたれていた。鳶色の髪に、穏やかな顔。2年生の制服。
その男子は、廊下の騒ぎを見下ろして、うっすらと笑っていた。何も起きていないみたいに。
レオンハルトだ、とフェイは思った。会ったことはない。けれど、その顔には覚えがあった。昨日、謁見の間で片膝をついて「独断だった」と言った、ヴァルモント公爵。目もとが、そっくりだった。
フェイが見ていることに気づいたのか、レオンハルトは軽く手を上げて、階段の上へ消えていった。
「フェイさん」
すぐそばで、声がした。
ヴィクトリアが、フェイの前に立っていた。
「お昼に、屋上へ来てくれる?」




