第37話 独断
謁見の間が、割れんばかりにどよめいた。
「バルドリック子爵だと!?」
「では、ノクターン家は……」
「嘘だ! こ、こやつらは、罪を逃れようとして出まかせを!」
バルドリック子爵が、顔を真っ赤にして叫んだ。
「その男が我が屋敷にいたところを、誰が見たというのです! 証拠はどこに!」
「おれです」
フェイは、柱の陰から出た。
謁見の間じゅうの目が、いっせいにこちらを向いた。オーラの無い少年に気づいて、あちこちで息を呑む音がする。
「狩猟会の日、木の上から見てました。熊に魔法をかけて放したのは、この2人です。それで昨日の夜、子爵さんの家の地下にある牢から、こっちの人を連れてきました」
フェイは、傷の男を指さした。
「あと、牢番の人は気絶させただけです。錠前は、ごめんなさい。潰しました」
どこかで、誰かが吹き出しかけて、慌てて咳払いをした。
子爵の顔から、みるみる血の気が引いていった。助けを求めるように、隣のヴァルモント公爵を見る。
「か、閣下……」
公爵は、子爵を見なかった。
玉座の前に進み出て、片膝をつく。
「陛下。お恥ずかしい限りでございます」
穏やかな声だった。
「バルドリック家は、長くヴァルモント家に仕えてきた家。まさか、このような大それたことを独断でしでかしていたとは。王家の剣として、目が届かなかったことを、深くお詫び申し上げます」
「閣下!? そんな、閣下が――」
「黙れ」
公爵が、初めて子爵のほうを振り返った。その一瞥だけで、子爵は口をぱくぱくさせたまま、何も言えなくなった。
フェイは、公爵の横顔を見ていた。昨夜、窓の外から見たのと同じ顔。怒鳴っていたときと、同じ目だった。
国王は、黙って公爵を見下ろしていた。
やがて、短く言った。
「バルドリック子爵を、捕らえよ」
近衛たちが、子爵の両腕をつかんだ。子爵は何か喚きながら、引きずられていった。その声が扉の向こうに消えると、謁見の間は静かになった。
公爵は、片膝をついたまま、頭を下げ続けていた。
国王は、それ以上、何も言わなかった。
――言えないのだ、とフェイにもなんとなく分かった。公爵の命令を聞いたのは、窓の外にいたフェイだけだ。2人の刺客を雇ったのは、子爵。公爵の名前は、どこにも出てこない。
国王の目が、段の下へ移った。
「ノクターン公爵令嬢、ヴィクトリア」
「……はい」
「ノクターン家への疑いは、すべて晴れた。屋敷の囲みも、今日のうちに解く」
国王は、玉座から立ち上がった。
「王家の名において、ノクターン家に詫びる」
ヴィクトリアは、深く頭を下げた。下げたまま、しばらく顔を上げなかった。




