第35話 また降ってきたか
コン、コン。
露台の硝子戸が鳴ったのは、ヴィクトリアがようやく涙を拭いたときだった。
部屋じゅうの目が、いっせいにそちらを向いた。
白い露台の手すりの上に、フェイがしゃがんでいた。肩に、ずんぐりした男を米俵のように担いでいる。
「こんばんは!」
侍女の1人が、悲鳴を上げて盆を落とした。近衛が2人、剣を抜いて硝子戸に駆け寄る。
「待って、待って! フェイです!」
「フェイ!」
ソフィアが、近衛たちを押しのけて硝子戸を開けた。夜風と一緒に、フェイがひょいと部屋の中に降りてくる。担がれた男の足が、ぶらんと揺れた。
「こ、ここ、塔の5階よ……?」
ヴィクトリアは、思わずつぶやいていた。
「うん。登ってきた」
女子寮のときと、同じ答えだった。メイベルが、額を押さえてため息をついた。
フェイは、部屋の真ん中にいる王妃に気づくと、慌てて背筋をのばした。
「あ、王妃様。夜分に、すみません。窓から」
「……いいのよ」
王妃イザベラは、口もとを手で隠していた。肩が、小刻みに震えている。笑いをこらえているのだと、ヴィクトリアにも分かった。それに、なぜだか頬が少し赤い。
「本当に、あなたって子は」
「お母様」
ソフィアが、じとっとした目で王妃を見た。王妃は、こほんと咳払いをした。
フェイは、肩の男を絨毯の上にそっと下ろした。
「この人です。狩猟会のとき、熊に魔法をかけた人。バルドリック家の地下の牢に、鎖で繋がれてました」
ヴィクトリアは、男の顔を覗きこんだ。
ずんぐりした身体。右の頬に、古い傷。帳面に書きつけた、そのままの顔だった。
「それと、ヴァルモント家の、いちばん偉い人もいました」
部屋の空気が、凍りついた。
「バルドリック家の人を、怒鳴ってました。ノクターン家のせいにするために、もう1人をわざと捕まえさせたって。それで、この人は今夜のうちに殺して、死体も残すなって」
フェイは、聞いたことを、聞いたとおりに話した。
王妃の顔から、笑みが消えていた。
「……陛下をお呼びして。今すぐ」
侍女が、転がるように部屋を出ていった。
ほどなくして、廊下に重い足音が響いた。扉が開き、寝間着の上に外套を羽織った国王オスヴァルトが入ってくる。
国王は、絨毯の上の男を見て、それからフェイを見た。
「また、降ってきたか」
国王は、なぜか少し楽しそうだった。




