第34話 王妃の私室
王妃の私室は、夜更けだというのに、まだ灯りがついていた。
ソフィアが扉を叩くと、中から侍女が顔を出した。王女の顔を見て驚き、その後ろのメイベルを見て、さらにその後ろに立つ人影を見て、言葉を失った。
ヴィクトリアは、外套のフードを下ろした。
「ソフィア? こんな時間に、どうし――」
奥の長椅子から立ち上がりかけた王妃イザベラが、ヴィクトリアの顔を見て、動きを止めた。
「……ヴィクトリア?」
やわらかな声が、かすかに揺れた。
無理もない、とヴィクトリアは思った。王女の命を狙ったと噂される家の娘が、その王女に連れられて、夜中に王妃の部屋の前に立っているのだ。
扉の両脇の近衛が、剣の柄に手をかけた。
「やめなさい」
王妃が、静かに言った。近衛たちの手が、柄から離れる。
「お母様。お話があります。どうしても、今夜のうちに」
ソフィアの声は、震えていなかった。
王妃は、娘の顔をじっと見た。それから、メイベルを見て、最後にヴィクトリアを見た。
「入りなさい。3人とも」
ヴィクトリアは、全部を話した。
屋上でフェイから聞いた、2人の刺客の顔。酒場でバルドリック家の者と会っていたという目撃の話。捕まったのが1人だけだったこと。そして、今まさに、フェイがバルドリック家の屋敷へ向かっていること。
話しているあいだ、王妃は一度も口を挟まなかった。
話し終えると、部屋の中がしんとした。暖炉の火が、ぱちりと鳴った。
「……フェイが、見てくると言ったのね」
「はい」
ソフィアが、うなずいた。
「なら、きっと見つけてくるわ。あの子は、そういう子だもの」
王妃は、迷わなかった。
侍女を呼び、何事か耳打ちする。侍女が足早に出ていくと、王妃は長椅子から立ち上がり、ヴィクトリアの前まで歩いてきた。
そして、深く頭を下げた。
「ごめんなさい、ヴィクトリア」
ヴィクトリアは、息が止まりそうになった。
王妃が、臣下の娘に頭を下げている。
「王家は、あなたの話を一度も聞かずに、あなたを切り捨てた。アルベルトも、陛下も、私も。……本当に、ごめんなさい」
「お、王妃様、そんな……お顔を」
「婚約解消の発表は、もう国じゅうに出てしまった。あれは簡単なものではないから、取り消すことはできないわ」
王妃は、顔を上げた。
その目は、少しも揺れていなかった。
「けれど、あなたの家を救うことはできる。必ず救います」
ヴィクトリアの視界が、にじんだ。
1週間、どれだけ水をかけられても、こぼれなかったものが、頬を伝って落ちていった。




