第30話 楡の木の屋敷
「見てくるって……バルドリック家の屋敷に、忍びこむつもり!?」
ヴィクトリアが、寝台から腰を浮かせた。
「うん。夜なら、みんな寝てるでしょ」
「寝ていないわよ! 貴族の屋敷には、夜通し見張りが立っているの。みんな目に魔力を込めて、オーラで人の位置を探っているわ。近づいただけで見つかる」
そこまで言って、ヴィクトリアは口をつぐんだ。
フェイを見る。目を細めて、もう一度見る。
「……あなたには、オーラが無いんだったわね」
「うん。だから、たぶん大丈夫」
ヴィクトリアは、何か言い返そうとして、やめた。
「なら、私たちは、お母様のところへ行くわ」
ソフィアが、きっぱりと言った。
「ヴィクトリアを連れてお城へ行って、お母様に全部話すわ。お母様のお部屋のまわりは、お母様付きの近衛と侍女だけで固めてあるの。ヴァルモント家の手も届かない」
「王妃様のところに……私が?」
「ヴィクトリアが、いちばん話せるでしょう。調べたのはあなたなんだから」
メイベルが、もう外套を3つ、衣装棚から出していた。
「フェイ様。王妃様のお部屋は、お城の東の塔でございます。白い露台のある窓が、それです」
「わかった。もう1人を見つけたら、そこに連れていく」
ヴィクトリアが、震える指で帳面を開いた。1枚破いて、フェイに渡す。小さな地図が描いてあった。
「バルドリック家の屋敷は、貴族街の北の外れ。門の脇に、大きな楡の木があるわ。……フェイさん」
「なに?」
「気をつけて」
フェイは、にっと笑って、窓枠に足をかけた。
◆
王都の夜は、山の夜より明るくて、山の夜よりうるさかった。
屋根から屋根へ跳ぶ。瓦は、木の枝よりずっと踏みやすい。酒場の笑い声と、馬車の車輪の音と、どこかで焼いている魚の匂いが、足もとを流れていった。
貴族街に入ると、急に静かになった。
北の外れに、大きな楡の木があった。その奥に、高い塀に囲まれた屋敷が建っている。門の前に、槍を持った見張りが2人。塀の上にも、ところどころに人影があった。
見張りたちは、じっと闇を睨んでいた。目の奥が、うっすら光っている。あれが、目に魔力を込めるということなのだろう。
フェイは楡の木に登り、いちばん長い枝の先から、塀の内側の植え込みへ、音もなく飛び降りた。
見張りは、誰ひとり振り向かなかった。
屋敷の2階に、ひとつだけ灯りのついた窓がある。そこから、男の怒鳴り声が漏れていた。




