第3話 空から落ちてきた拳
熊は茂みを突き破り、草地へ飛び出した。
最初に気づいたのは馬だった。いっせいにいななき、つないだ綱を引きちぎらんばかりに暴れる。笑い声が、悲鳴に変わった。
「熊だ!」
「でかいぞ、下がれ!」
鎧を着た男たちが、女の子2人の前へ駆けこんで並んだ。
フェイはもう、樅の木の上にいなかった。
枝を蹴って、隣の木へ。その木の枝も蹴って、さらに先へ。谷へ向かって、木のてっぺんを次々に跳んでいく。葉が顔を打ち、折れた小枝が背中のほうへ飛んでいった。
下で、赤い光がはじけた。
鎧の男の1人が両手を突き出し、そこから炎の塊が飛んだのだ。炎は熊の肩にまともに当たり、毛の焦げる嫌な臭いが、木の上まで上ってきた。
熊は止まらなかった。
焦げた肩のまま、速さも変えずに突っこんでくる。2発目、3発目の炎が当たっても、熊は首を振りさえしない。
「効かない……!?」
「なぜだ、なぜ止まらん!」
男たちの声が裏返る。
熊の前足が、先頭の男を鎧ごと横へ払い飛ばした。男は兜を飛ばして、草の上を転がっていった。
その向こうに、白い服の女の子がいた。
逃げようとしたのだろう。裾を踏んで、膝をついている。黒い服の子が、その子に覆いかぶさるように抱きついた。2人とも、目を閉じることさえできずに、迫ってくる熊を見上げていた。
熊が後ろ足で立ち上がる。フェイの背丈の倍はある。振り上げた前足の先で、爪が光った。
フェイは最後の木のてっぺんを、思いきり蹴った。
体が空へ浮く。谷の風が、耳もとでごうっと鳴った。
真下に、熊の頭があった。
落ちながら、フェイは右の拳を握った。薪を割るときと同じだ。力をこめるのは、当たる瞬間だけでいい。
拳が、熊の脳天に落ちた。
ごしゃ、と鈍い音がした。
熊の頭が地面にめりこみ、太い首が、ありえない向きに折れ曲がった。振り上げていた前足が、女の子たちの鼻先をかすめて、力なく落ちる。
巨体が、ゆっくりと横に倒れた。地面が揺れ、土埃が舞い上がる。
フェイは熊の背中から、ひょいと草の上に降りた。
拳についた毛を、ぱっぱっと払う。
草地から、音が消えていた。
馬も、鎧の男たちも、弓を持った男たちも、誰ひとり動かない。全員が口を開けたまま、熊とフェイを見比べている。
膝をついた女の子2人が、まばたきもせずにフェイを見上げていた。




