↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
2/216

第2話 谷の狩猟会

 鹿の足跡は、沢を越えて東の尾根へ続いていた。


 フェイは地面に膝をつき、指先で土をなぞった。蹄の跡がまだ湿っている。近い。


 音を立てないように斜面を登り、尾根でいちばん背の高い樅の木に手をかけた。幹を3回蹴っただけで、もう枝の上だ。樹脂の匂いが鼻を刺す。


 見下ろした谷に、鹿はいなかった。


 かわりに、人がいた。


「……え?」


 思わず声が漏れた。谷の向こうの開けた草地に、20人、いや30人はいる。馬が何頭もつながれ、布の天幕が張られ、旗が風に揺れていた。金の糸で縫った服が、日の光をはじいてきらきら光る。


 この山に、おじいちゃんとおばあちゃん以外の人間がいるのを、フェイは初めて見た。


「なんだろう、あれ。お祭りかな」


 風に乗って、肉を焼く匂いと馬の汗の匂いが届いた。腹が鳴りそうになって、フェイは慌てて腹を押さえた。


 弓を持った男たちが、笑いながら森を指さしている。どうやら狩りらしい。鹿を獲りに来たのなら、フェイと同じだ。


 草地の端には、女の子が2人並んでいた。1人は長い髪を背に垂らし、白い服を着ている。もう1人は黒っぽい服で、その子の隣にぴたりとついていた。2人で何か話しては、くすくす笑っている。


 ずいぶん楽しそうだな、とフェイは思った。


 そのとき、視界の端で何かが動いた。


 天幕の裏手。人の輪から離れた茂みに、灰色の外套を着た男が2人いる。足もとに、布をかぶせた大きな箱があった。


 男の1人が布を引きはがした。


 檻だった。中に、熊がいる。それも、フェイが山で見てきたどの熊よりも大きい。


 もう1人の男が、檻の格子のすきまから熊の額へ手をかざした。指先がぼうっと赤く光る。


 熊は吠えなかった。


 ただ、目の色が変わった。黒く濡れていた目が、濁った赤に塗りつぶされていく。口の端から泡がこぼれ、太い爪が檻の床をがりがりと削りはじめた。


 フェイは枝を握る手に力をこめた。めきり、と枝が鳴った。


 男たちは檻の扉を開けると、振り返りもせずに森の奥へ消えた。


 熊が出てくる。


 その鼻先が、ゆっくりと草地のほうを向いた。笑い声のするほうへ。


 山の熊は、人の匂いがすれば逃げる。おじいちゃんにそう教わったし、フェイもずっとそうだと思っていた。人のいるほうへわざわざ鼻を向ける熊なんて、見たことがない。


 白い服の女の子が、こちらに背を向けたまま、隣の子に何か耳打ちしている。


 熊が走り出した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。