第25話 女子寮の壁
その夜、フェイは女子寮の壁に張りついていた。
石を積んだ壁は、山の岩場よりずっと登りやすかった。石と石の継ぎ目に指をかけ、つま先をかけ、するすると上っていく。夜の風が、まだ少し湿っている髪を冷やした。
ソフィアたちの部屋は、3階の東の端。前にメイベルが、うっかり口を滑らせていた。
灯りのついた窓の横まで来て、フェイは片手で壁にぶら下がったまま、窓を叩いた。
コン、コン。
中で、がたんと何かが倒れる音がした。
しばらくして、窓がほんの少しだけ開いた。隙間から、メイベルが燭台を握りしめて覗いている。燭台を、振り上げる寸前の構えだった。
「……フェイ様!?」
「こんばんは」
「こ、ここ、3階ですよ!?」
「うん。登ってきた」
メイベルの後ろから、ソフィアが顔を出した。フェイを見て、目を丸くする。
「フェイ、どうして……」
言いかけて、ソフィアは口をつぐんだ。
フェイの顔を、じっと見る。昼間の廊下で、ずぶ濡れになっていた顔。今は、乾いている。けれど、たぶん同じ顔をしているのだろう、とフェイは思った。
ソフィアは、メイベルと目を合わせた。それから、窓を大きく開けた。
「入って。早く。見回りが来るわ」
フェイは、窓枠を越えて床に降りた。
山の家の土間より、少し広い部屋だった。寝台が2つ。花の匂いのする石鹸。机の上に、読みかけの本と、くしゃくしゃになった号外が置いてある。
そして、奥の寝台の端に、ヴィクトリアが座っていた。
借り物らしい寝間着を着て、膝の上で両手を握っている。フェイを見ても、立ち上がらなかった。驚いた顔をしたけれど、それも一瞬だけだった。驚くための力も、もう残っていないみたいだった。
「ヴィクトリアさん」
フェイは、少しだけ驚いた。それから、なんとなく分かった。ソフィアとメイベルが、ここに連れてきたのだ。あの廊下から。
「ここにいたんだ」
「……ええ。2人が、寮の部屋には戻らないほうがいいって」
声が、かすれていた。
フェイは、ヴィクトリアの前の床に座りこんだ。座ったまま、顔を見上げる。
昼間からずっと、訊きたかったことがあった。
「ねえ」
ソフィアとメイベルが、息をひそめるのが分かった。
「学校って、なんでこんなことが起きるの?」
ヴィクトリアの肩が、小さく揺れた。
燭台の火が、じじ、と鳴った。
長い沈黙のあとで、ヴィクトリアは、ゆっくりと口を開いた。




