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第24話 平民上がりが

 その日、フェイは先生に頼まれて、薬草学の教室へ鉢を運んでいた。


 両腕に5つ。前が見えないので、鉢の横から首をのばして歩く。別の校舎への渡り廊下は、昼休みの終わりかけで、ほとんど人がいなかった。


 角を曲がったところで、声が聞こえた。


「まだ来てるの? 図々しい」

「ほら、膝をついて謝りなさいよ。王女様に」


 廊下の突き当たりに、女子生徒が何人か固まっていた。その輪の真ん中に、夜の色の髪が見えた。


 ヴィクトリアだった。


 壁際に追いつめられて、背筋だけはのばしている。けれど、屋上で会ったときとは別の人みたいだった。頬がこけて、目の下が暗い。制服の裾が、乾ききらずに色が濃くなっていた。


 輪の外側の1人が、バケツを持ち上げた。


 フェイは、鉢を床に置いた。置いた、と自分では思った。あとで見たら、5つとも割れていた。


 バケツが傾く。水が、ヴィクトリアの頭の上へ落ちていく。


 水とヴィクトリアのあいだに、フェイが割って入った。


 ばしゃん、と冷たいものが頭から降ってきた。髪から、鼻の先から、ぼたぼたと滴が垂れる。雑巾の匂いがした。


「冷たっ」


 フェイは、ぶるぶると首を振った。犬みたいに水が飛び散って、女子生徒たちが悲鳴を上げて後ずさった。


 背中のほうで、ヴィクトリアが息を呑む気配がした。


「な、何よあんた」


 バケツを持った女子生徒が、顔を真っ赤にして叫んだ。


「何かばってんのよ、平民上がりが!」

「かばうよ」


 フェイは、前髪から垂れる水を手でぬぐった。


「だって、水かけられそうになってたもん」


 女子生徒たちは、何を言われたのか分からない顔をした。言い返そうと、口を開きかける。


「フェイ!」


 廊下の向こうから、ソフィアとメイベルが駆けてきた。


 王女の姿を見た途端、女子生徒たちは顔を見合わせ、バケツを放り出して逃げていった。転がったバケツが、からからと石の床を鳴らした。


「ヴィクトリア、大丈夫?」


 ソフィアが駆け寄る。ヴィクトリアは、小さくうなずいただけだった。


 それから、ずぶ濡れのフェイを見上げた。何か言おうとして、唇が動いた。けれど、声にはならなかった。


 ヴィクトリアは目を伏せて、ソフィアに肩を抱かれたまま、廊下の向こうへ去っていった。


 フェイは、割れた鉢の前にしゃがみこんだ。散らばった土を、手のひらでかき集める。


 さっき見た、ヴィクトリアの顔が頭から離れなかった。


 あれは、1回や2回の顔じゃない。

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