第20話 目立たないように
「なぜって……」
フェイは、頭をかいた。
「おじいちゃんに、言われてたんだ。人に遭うたら、あまり目立たんようにせえ、って」
「目立たないように」
「うん。でも、女の子がやられそうだったから、それは助けた。そしたら、もう目立っちゃったけど」
ヴィクトリアの口の端が、ぴくりと動いた。笑いそうになったのを、こらえた顔だった。
「それと、あの2人は、熊を放したらすぐ森の奥へ行っちゃったんだ。熊を倒したあとで、においも音も探してみたけど、もう近くにはいなかった。だから、もう大丈夫だと思って」
山の森なら、獣が近くにいるかどうかは、鼻と耳で分かる。あの日、谷に残っていたのは、狩猟会の人たちのにおいだけだった。
ヴィクトリアは、しばらく黙ってフェイの顔を見ていた。
嘘を探している目だ、とフェイは思った。山で、鹿がこっちの気配を探るときの目に似ている。
「……わかったわ」
やがて、ヴィクトリアは小さくうなずいた。
「なら、もうひとつだけ。その2人の顔、覚えている?」
「覚えてるよ」
フェイは指を折った。
「1人は、背が高くて、ひょろっとしてた。鼻が鷲のくちばしみたいに曲がってた。もう1人は、ずんぐりしてて、右のほっぺたに古い傷があった。熊に手をかざして、指を赤く光らせたのは、傷のほうの人」
「……木の上から、そこまで見えたの?」
「うん。鹿の角の数くらいなら、谷の向こうでも分かるよ」
ヴィクトリアは、目を丸くした。それから、ふうっと息を吐いて、制服の胸元から小さな帳面を取り出した。細いペンで、フェイの言ったことを素早く書きつけていく。
「背の高い、鷲鼻の男。ずんぐりした、右頬に傷の男。……熊に魔法をかけたのは、傷のほう」
書き終えると、ヴィクトリアは帳面を閉じた。
「ありがとう。お昼、邪魔して悪かったわね」
そう言って、ヴィクトリアは笑った。
決闘のときの、お腹を抱えた笑い方とは違った。口もとだけで、静かに。何かを1つ、肩から下ろしたような笑顔だった。
「ううん。またね、ヴィクトリアさん」
フェイも、にこにこと手を振った。
ヴィクトリアは、少しだけ驚いた顔をした。それから、もう一度だけ小さく笑って、屋上の扉の向こうへ消えていった。
フェイが階段を下りていくと、踊り場に、ソフィアとメイベルが並んで立っていた。
「……待っててくれたの?」
「たまたま、通りかかっただけです」
「たまたまです」
2人とも、同じ顔をしていた。




