第18話 王家の目
ヴィクトリア・ノクターンは、闘技場からの帰り道、ずっと笑いをこらえていた。
「ヴィクトリア様。あの、本当に、あのような者の見届け人など……」
「いいのよ。久しぶりに、心の底から笑ったわ」
取り巻きたちは、まだ納得のいかない顔をしている。ヴィクトリアは、それきり答えなかった。
夕暮れの渡り廊下を歩きながら、さっきの舞台を頭の中で繰り返す。
笑ったのは、半分は本当だった。
もう半分は、笑ってでもいなければ、顔に出てしまいそうだったからだ。
まず、オーラが無い。
入学式の測定の結果は、聞いていた。魔力量0。それでも、自分の目で見るまでは信じていなかった。生まれたばかりの赤子でさえ、淡く光っているものなのに。
見届け人として舞台に下りたとき、もう一度、目に魔力を込めてみた。グスタフのオーラも、客席の数百人のオーラも、1人残らず見える。
あの子のまわりだけが、空っぽだった。
目には、ちゃんと映っているのに。
それから、紅蓮爆砕。
品のないグスタフでも、魔力量だけはそれなりにある。あの炎をまともに受ければ、上級生でも立っていられない。それを受けて、焦げたのは服と髪だけ。
そして、最後のくしゃみ。
ヴィクトリアは、思わず口もとを押さえた。いけない。また笑いそうになる。
――笑いごとでは、なかった。
気配が読めず、魔法が効かず、くしゃみで人を壁にめり込ませる。それが、王女ソフィアの命の恩人で、騎士爵で、今は王都の真ん中にいる。
ノクターン家は、王家の目。王家に近づく者を、誰より先に見て、知らなければならない家だ。
狩猟会の熊の件は、まだ何ひとつ片付いていない。熊に魔法をかけた者も、その裏にいる者も。
そこへ、誰にも感じ取れない少年が、空から降ってきた。
偶然かもしれない。偶然でないかもしれない。
「マルタ」
ヴィクトリアは、取り巻きの1人を呼んだ。
「今夜、屋敷に使いを出して。あの子のこと、調べさせなさい。生まれも、育ちも、あの山の賢者のことも、全部」
「は、はい。……あの、ヴィクトリア様。あのような下民を、なぜそこまで?」
ヴィクトリアは、足を止めずに答えた。
「面白いからよ」
窓の外で、夕陽が沈みかけていた。
紫の瞳に映ったその光は、少しも笑っていなかった。




