第17話 ぶえっくしょん
風が吹いて、煙が晴れていった。
舞台の真ん中に、フェイが立っていた。
髪の先がちりちりに焦げて、頬に煤がついている。制服の上着は、どこにも無かった。シャツも肩のところしか残っていない。ズボンは、膝から下がぼろぼろだった。
フェイは、きょろっと辺りを見回した。それから、自分の身体を見下ろした。
「うわっ! 服がなくなっちゃった!」
闘技場が、静まり返った。
「ど、ど、ど、どうしよう! これ、昨日もらったばっかりなのに!」
フェイは、残ったシャツの切れ端を必死にかき集めた。どこにも、火傷ひとつ無かった。
「……は?」
客席の誰かが、間の抜けた声を出した。
「なんであいつ、無傷なんだ?」
「直撃だったよな? 今の」
「バルドリックのいちばん強い魔法だろ……?」
舞台の向こうで、グスタフが口を開けたまま固まっていた。
「お、俺の魔法を食らって、無傷だと……? 一体、どうなってやがる……」
そのとき、闘技場に高い笑い声が響いた。
ヴィクトリアだった。お腹を抱えて、身体を折り曲げて笑っている。後ろの取り巻きたちが、おろおろと顔を見合わせていた。
「あ、あははは! あなた……あなた、面白いわね!」
客席の最前列では、ソフィアとメイベルが、そろって胸を撫で下ろしていた。それから、そろってフェイのむき出しの肩と背中を見て、そろって真っ赤になって、両手で顔を覆った。指の間は、少し開いていた。
フェイは、グスタフのほうを向いた。
「ちょっと! 服は弁償してくれるよねー?」
ヴィクトリアが、また吹き出した。笑いすぎて、目尻に涙が浮かんでいる。
「どうするの、グスタフ? さっきのが、あなたの最大の攻撃魔法だったんでしょ?」
グスタフの顔が、赤くなって、青くなって、また赤くなった。
握った拳が、ぶるぶると震えていた。
「おのれ……おのれ、下民めえ! 目にもの見せてくれる!」
グスタフの右の拳に、赤い光がまとわりついた。グスタフはそのまま、石の舞台を蹴って突っこんでくる。
拳が、フェイの顔の真ん前まで迫った。
そのとき、舞台の隅に残っていた煙が、ふわりとフェイの鼻先をくすぐった。
「ふぇ……」
鼻の奥が、むずむずする。
「ふぇっ……ぶえっくしょん!」
どん、と空気が鳴った。
グスタフの身体が、真後ろへ吹っ飛んだ。舞台の端を越え、客席の下の壁に、背中から叩きつけられる。石の壁が、人の形にへこんだ。
グスタフは壁から剥がれ落ちて、両膝をついた。そのまま、前のめりに倒れて動かなくなった。
フェイは、鼻をこすった。
「あ、ごめん。煙が」
静まり返った闘技場に、また笑い声が弾けた。
ヴィクトリアが、舞台の真ん中で膝に手をついて笑っていた。笑いすぎて、もう声になっていない。肩を震わせ、涙をぼろぼろこぼしながら、どうにか片手を高く上げる。
「く、くしゃみ……くしゃみで……っ、あははははは! しょ、勝者、フェイ!」
一拍おいて、闘技場が割れんばかりの歓声に包まれた。




