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第130話 紫の石

 学院の寮の部屋は、狭かった。


 寝台が1つと、机が1つ。窓が1つ。王都の屋敷の、いちばん小さな部屋よりも、もっと小さい。


 フェイは、寝台に腰かけて、すっかり落ち着いた気分になっていた。山の家の、自分の寝床と、ちょうど同じくらいの広さだった。


 メイベルが詰めてくれた鞄から、いちばん底の袋を出して、開けた。


 中から、焼き菓子が出てきた。丸くて、薄くて、ふちが少しだけ焦げている。1枚ずつ、紙に包んであった。いちばん上の紙に、メイベルの字があった。


 1日1枚まで、です。


 フェイは、1枚かじった。バターと、蜂蜜の味がした。2枚目に手が伸びかけて、紙の字を見て、やめた。


 左の手首に巻いた鎖の石に触れた。


 紫の、角のある石をつまんで、口もとへ寄せる。


「リア。聞こえる?」


 少しして、石の向こうから、声が返ってきた。


『聞こえてるわ。……思ったより、遅かったじゃない。ソフィアとは、もう話したの?』

「ううん。報告だから、先にリアに、と思って」

『あら。殊勝ね。それで?』


 フェイは、今日のことを話した。


 関所で、腕をつかまれたこと。帝都の子どもが、みんな木の剣を持っていたこと。学院長の顔の傷。木の剣を2本折って、鉄の剣を曲げたこと。


『……2日目で、剣を3本だめにしたのね』

「明日から、素手でいいって」

『それは、褒められたのよ。たぶん』


 それから、皇女のこと。中庭で、立ったまま話しかけてしまったこと。食堂のこと。剣武大会に出ろと言われたこと。


 石の向こうが、静かになった。


『皇女に、喧嘩を売られたの? 2日目で?』

「売られたのかな。叩き伏せてあげる、って」

『売られてるわよ、それ。……あなた、潜入って言葉、本当に分かってる?』

「こっそり入る」

『こっそりの意味は?』


 フェイは、答えなかった。石の向こうで、長いため息が聞こえた。


『まあ、いいわ。帝国の人間は、あなたのことを、剣も持たない魔法の国の田舎伯爵だと見てる。目立つ間抜けを、誰も、間者だとは思わないもの』

「おれ、間抜け?」

『褒めてるのよ。たぶん』


 リアの声が、少しだけ、笑っていた。


『霞の国のことは、調べはじめてるわ。まだ、何も出てこないけれど。……ほかに、変わったことは?』

「変わったこと……」


 フェイは、窓の外を見た。


 学院の屋根が、月の光で、白く並んでいた。


「夕方、下働きの子が1人、ずっと食堂の屋根の上にいた」

『屋根の上?』

「うん。おれが見たら、いなくなった」

『……猫じゃなくて?』

「猫かも」


 石の向こうで、リアが、少し黙った。


『その子の顔、覚えておいて』

「顔は、布で隠してた」

『顔を隠す猫なんて、いないのよ』


 フェイは、紫の石を離して、今度は、金の雫の石をつまんだ。


「ソフィ。今日はね、いろいろあった」

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