第128話 剣がもたん
最初の授業は、打ち込みだった。
中庭の隅に、太い丸太の杭が、何十本も並んで立っている。学生は、1人1本ずつ杭の前に立ち、木の剣で打ちこんでいく。
教官が、木の剣を1本、フェイに放ってよこした。
「伯爵。杭に打ちこめ。まずは、それだけだ」
「はい」
フェイは、木の剣を握った。
思っていたより、軽かった。ジルの構えを思い出して、両手で持ち、頭の上に振りかぶる。
振り下ろした。
ばきん、と音がした。
杭に当たった木の剣が、手もとから3つに折れて、飛んでいった。1つが、隣の列の学生の足もとに落ちて、からからと転がった。
杭のほうは、打った場所が、少しへこんでいた。
「……あれ」
教官が、黙って、もう1本、放ってよこした。
フェイは、今度は、そっと振った。山で、ハンナに頼まれて、熟れた桃をもぐときくらいの力で。
ばきん。
2本目は、2つに折れた。
まわりで杭に打ちこむ音が、ひとつ、またひとつと止まっていった。
教官は、何も言わずに、武具の棚まで歩いていった。戻ってきたとき、手に、鉄の稽古剣を持っていた。刃は潰してあるが、木の剣の何倍も重い。
「これを使え」
「はい」
フェイは、鉄の剣を、杭に打ちこんだ。
剣は、折れなかった。
かわりに、杭に当たったところから、くの字に曲がった。
中庭が、しんとした。
教官は、曲がった鉄の剣を受け取って、目の前にかざした。角度を変えて、何度も眺めた。それから、それを、そっと地面に置いた。
「……伯爵」
「はい」
「お前は、明日から、素手でいい」
「えっ。剣を学びに来たのに」
「剣がもたん」
どこかで、誰かが吹き出した。けれど、もう、フェイを馬鹿にする笑い方ではなかった。
その日の終わりに、中庭は、もう1度静かになった。
ジルの番だった。
教官が、打ち込みの相手に、3年生を1人つけた。相手の学生は、ジルの白い三つ編みを見て、鼻で笑った。
「辺境の家の娘が、どこまでやれるか」
ジルは、木の剣を握った。
その瞬間から、ジルは、もう、どもらなかった。
「――来い」
相手が打ちこんだ。ジルは、半歩だけ下がって、相手の剣の腹を、横から払った。相手の木の剣が、空へ跳ねた。ジルの剣の先が、相手の喉もとで、ぴたりと止まった。
息を2回するほどの、短いあいだだった。
「次」
ジルは、喉もとから剣を引いて、言った。
教官が、黙って、2人目をつけた。2人目も、同じように、剣を飛ばされた。3人目は、構えたまま、なかなか前へ出られなかった。
「次! 来ないなら、こちらから行く!」
授業が終わると、ジルは、剣を下ろした。とたんに、肩が、すとんと落ちた。
「……ふぇ、フェ、フェイ……さん。わ、わたし、また、やりすぎてしまって」
「ジル、かっこよかった!」
「い、言わないでくださいぃ……」
中庭の向こうの回廊で、赤い外套の裾が、柱の陰へ消えていった。




