第127話 赤い外套
学院長が壇を下りると、中庭の学生たちは、また列に戻った。
フェイとジルは、留学生だからと、学年に関係なく、2年生の列のいちばん後ろに並ばされた。前の学生が、ちらちらと振り返っては、笑いをかみ殺している。
「剣、借りられないかな?」
「が、学院の木の剣なら、あとで、きっと……」
そのとき、中庭の端から、音が消えていった。
木の剣を打つ音が、端の列から順に、ひとつずつ止まっていく。止まった列の学生は、剣を下ろし、片膝をついて、頭を垂れた。
波のように、それが、こちらへ近づいてきた。
フェイの前の学生も、あわてて膝をついた。ジルも、少し遅れて、片膝をついた。
フェイだけが、立っていた。
列のあいだを、1人の女の人が、歩いてきた。
背が高かった。長い黒髪を、頭の高いところで1つに結い上げている。肩から、深い赤の外套を掛けていた。中庭で、赤い外套を着ているのは、その人だけだった。
腰に、細い長剣を下げている。歩くたびに、外套の裾は揺れるのに、剣の鞘は、ほとんど揺れなかった。
その人は、フェイの前で、足を止めた。
「……あなたが、魔法の国から来た伯爵?」
切れ長の目が、フェイを、頭のてっぺんから靴の先まで、ゆっくりと眺めた。
「はい。フェイです」
「膝をつきなさい、と、誰も教えなかったのかしら」
「あ。ごめんなさい」
フェイは、あわてて片膝をついた。勢いがよすぎて、膝の下の石畳に、ぴしりと細いひびが入った。
まわりの学生が、息をのんだ。
その人の目が、一瞬だけ、ひびのほうへ動いた。それから、何もなかったように、フェイの顔に戻った。
「剣も持たずに、剣武学院へ。何をしに来たのかしら?」
「えっと、せん……」
ジルが、横から、勢いよく顔を上げた。
「剣を学びに参りました!」
声が、中庭じゅうに響いた。
その人は、ジルを見た。ジルの腰の剣を見て、それから、柄を握っているジルの手を見た。
「アイゼンガルトの娘ね。そちらは、少しはましなようだけれど」
その人は、フェイに目を戻した。
「ここでは、位は、何の役にも立たない。魔法の国の伯爵なら、なおさら。示せるのは、腕だけよ」
「はい。さっき、学院長さんにも言われました」
「……そう」
その人は、外套をひるがえして、歩いていった。
赤い背中が、中庭の向こうの回廊に消えるまで、誰も、立ち上がらなかった。
消えたとたんに、中庭じゅうで、いっせいに息を吐く音がした。
前の列の学生が、振り返って、フェイをにらんだ。
「お前……殿下の前で、立ったまま、口をきいたな」
「殿下?」
「皇女エレオノーラ殿下だ。首席だぞ。入学してから、この学院で、殿下に勝った者は1人もいない」
フェイは、回廊のほうを見た。
「……すごくまっすぐ歩く人だったね」
隣で、ジルが、まだ赤い顔のまま、小さくうなずいた。
「足音が、ほとんどしませんでした」




