第125話 格だけ
帝都は、音の多い街だった。
石畳の広場ごとに、木の剣を打ち合う音がしていた。打っているのは、大人だけではない。フェイの腰ほどの背の子どもが、2人1組になって、真剣な顔で、かん、かん、と打ち合っている。
通りの両側には、鍛冶屋が並んでいた。開け放した戸の奥で、赤い火がはぜて、槌の音が、通りじゅうに響いている。
「……みんな、剣を持ってる」
馬車の窓から、フェイは身を乗り出した。
荷を運ぶ男も、パンを売る女も、腰に、短い剣を下げていた。
「帝国では、剣を持たずに外を歩くのは、裸で歩くのと同じだと言うそうです」
シエルが、本で読んだ、と言い添えた。
「じゃあ、おれ、裸だ」
「そ、そういう意味では……!」
使節団の館は、帝都の真ん中の、大きな通りに面していた。
館の広間で、帝国の役人が、一行を出迎えた。
背の高い、固い顔の男だった。腰の剣は、ほかの誰の剣よりも、よく磨かれていた。男は、フェイの前まで来ると、胸に拳を当てて、深く頭を下げた。
「アルセリア王国の伯爵閣下。帝国は、閣下を、客人としてお迎えいたします」
「か、かっか?」
フェイは、後ろを振り返った。誰もいなかった。
「君のことだよ、フェイ」
書記官の地味な灰色の上着を着たオリヴィエが、耳もとでささやいた。
「外交の席では、帝国も、君を王国の伯爵として扱ってくれる。格だけは通じるのさ」
「格だけ?」
「よそでは通じないってことさ。すぐに分かるよ」
役人は、頭を上げると、まったく同じ固い顔のまま、続けた。
「もっとも、閣下が通われる剣武学院では、肩書きは、何の役にも立ちませんが」
「はい」
「学院では、剣の腕だけが、位です。皇女殿下でさえ、それは変わりません」
それだけ言うと、役人は、もう一度、胸に拳を当てて、広間を出ていった。
オリヴィエが、肩をすくめた。
「……ね?」
夕方、シエルは、帝都の大聖堂へ移ることになった。
大聖堂は、王都のものより、ずっと低くて、横に長かった。壁が厚く、窓が小さい。教会というより、砦のようだった。
門の前で、シエルは、振り返った。
「わたくし、しばらくは、大聖堂の中でお務めをいたします。……外へは、あまり出られないかもしれません」
「うん」
「でも、毎朝、お祈りの時間に、フェイのことも、お祈りします」
シエルは、胸の前で、両手を組んだ。
「それと、ジル」
「は、はい」
「わたくしは大聖堂の中にいますし、ここには帝国の聖騎士の方々もいらっしゃいます。……ですから、わたくしがお祈りをしているあいだは、フェイのそばにいてさしあげてください」
ジルは、口を開けて、シエルを見た。
それから、剣の柄を、ぎゅっと握った。
「……承った」
剣を握ったジルの声は、低く、まっすぐだった。
握った手を離したとたん、ジルの耳が、赤くなった。
「あ、あの、フェ……フェイ。よ、よろしく、お願いします」
「うん。よろしく、ジル」
大聖堂の扉が閉まった。厚い扉の向こうから、鐘が、1つだけ鳴った。




