第124話 峠の関所
王都を出て、5日目に、山脈の峠に着いた。
馬車は2台だった。前を行くのが、使節団の黒い馬車。オリヴィエは、そこに乗っている。後ろが、白い幌に金の糸で光の紋を縫い取った、教会の馬車だった。
フェイは、教会の馬車に乗っていた。向かいに、シエルが座っている。
「帝国の大聖堂から、聖女を迎えたいという文が、前から届いていたのです」
シエルは、膝の上で、白いヴェールの端を整えた。
「教会は、ずっとお断りしていたのですけれど。……陛下が、今年は、と、お口添えをくださって」
「シエルも、潜入捜査?」
「わ、わたくしは、お祈りをしに行くだけです!」
シエルは、両手を、ぶんぶんと振った。
「ただ、大聖堂には、帝国中から、いろんな方がお祈りにいらっしゃいます。お話を聞くことは、できるかもしれません」
馬車の窓の外を、栗毛の馬が並んで進んでいた。
ジルだった。白い三つ編みが、馬の歩みに合わせて、背中で揺れている。腰には、打ちなおした細身の剣。
「ジルは、剣の留学生なんだよね」
「は、はい!」
窓ごしに声をかけると、ジルは、手綱を握りなおした。
「シ、シエルの護衛も、兼ねて、ですけれど。アイゼンガルトの者が、帝国の剣を学べる機会は、そうありませんから。お、お父様が、行ってこいと」
「辺境伯様、なんて言ってた?」
「……帝国の小僧どもを、片っ端から、へこませてこい、と」
「あはは! 辺境伯様、言いそう!」
フェイが笑うと、向かいの席で、シエルも、口もとに手を当てて、くすくすと笑いだした。
「ふふ。……ジルなら、本当にへこませてしまいそうですね」
「わ、笑わないで、ください!」
ジルは、赤くなって、うつむいた。
峠の頂に、関所があった。
石を積んだ、低くて厚い門だった。門の前に、兵が4人立っていた。
4人とも、大きかった。首が太く、腕が太く、鎧の上からでも、肩の肉が盛り上がっているのが分かる。
「使節団と、聖女様の一行だな。書きつけを」
オリヴィエが、使節団の馬車から降りて、書きつけを渡した。兵は、それをざっと見てから、馬車の中をのぞきこんだ。
兵の目が、フェイの上で止まった。
「おい。そっちの若いの。降りてこい」
フェイが降りると、兵は、いきなり、フェイの二の腕をつかんだ。
ぎゅっと握る。もう一度、握る。それから、肩を叩き、背中を叩いた。
「……いい腕だ。何を振る?」
「薪割りの斧です」
「斧か!」
兵は、大きな声で笑った。後ろの3人も、笑った。
「魔力が0なのに、普通に話してくれるんですね!」
「あっはっは! この国で、君を侮る者はおらんよ」
兵は、そう言って、フェイを頭の先から足の先まで、見なおした。
フェイは、ただ立っていた。両足に同じだけ重さを乗せて、肩の力を抜いている。山で、熊の前に立つときと同じ立ち方だった。
それだけで、関所の前の空気が、ずしりと重くなった。後ろの3人の笑い声が、ぴたりと止まった。馬車の馬が、耳を伏せて、1歩、後ずさった。地の底で、何か大きなものが、ゆっくりと身じろぎしたような気配だった。
兵の額に、汗が1粒、浮いた。
「……魔力こそ無いようだが、立ち方を見れば分かる。君は、とんでもなく強い」
兵は、汗をぬぐって、また笑った。今度の笑い声は、少しだけ、かすれていた。
「若いのに、大したもんだ! 魔法の国にも、まともな体の奴がいるじゃないか。通れ、通れ」
門が、ごろごろと開いた。
馬車に戻ると、シエルが、目を丸くしていた。
「……王国とは、まるで逆ですね。王国の見張りなら、まず目に魔力を込めて、オーラを見ますのに」
「うん。腕をつかまれたのは初めて」
馬の上で、ジルが、小さく吹き出した。
峠を越えると、風の匂いが変わった。乾いた土の匂いと、どこかの鍛冶場から流れてくる、焦げた鉄の匂いがした。




