第122話 陛下の部屋
通されたのは、謁見の間ではなく、陛下の部屋だった。リリィのことで呼ばれたときと同じ、本棚と大きな机のある部屋だ。
「座れ、フェイ。ヴァイスベルク卿も」
机の向こうで、国王が言った。手もとに、折り目だらけの地図が広げてある。
「騎士団の服は、似合っておるな」
「も、もったいないお言葉です、陛下」
オリヴィエが、背筋をぴんと伸ばした。いつもの芝居がかった声が、少しだけ裏返っていた。
フェイが座ると、国王は、地図の端、山脈の向こう側を指で押さえた。大きな国が描かれていた。
「ガルディナ帝国を知っておるか」
「名前だけ知っています。剣の国だって、ジルが言ってました」
「うむ。魔法より、剣と体を重んじる国だ。……その帝国に、妙な噂がある」
国王の指が、帝国の、さらに端へ動いた。そこには、小さな国の名が、細い字で書かれていた。その上から、赤いインクで、斜めに線が引いてある。
「霞の国。去年の冬、帝国に攻められて、一晩で落ちた」
「一晩で?」
「小さな国だ。落ちたことには、驚かぬ。……妙なのは、その夜、霞の国の側では、魔法がひとつも使えなかった、という話だ」
オリヴィエの顔から、笑みが消えていた。
「誰も、火のひとつも灯せなかったそうだ。魔法が消えた、と」
フェイは、地図の赤い線を見た。
「それが、どうかしたんですか?」
「……そなたには、ぴんと来ぬか」
国王は、少しだけ口もとをゆるめた。
「王国は、魔法の国だ。兵も、騎士も、魔法で戦う。その魔法が、戦の夜に、ひとつも使えなくなったら、どうなる?」
「……あ!」
フェイは、思わず声を上げた。
「みんな、戦えなくなる」
「そうだ。だから、確かめねばならぬ」
国王は、地図から手を離した。
「フェイ。そなたに、帝国へ行ってもらいたい」
「帝国に?」
「表向きは、留学だ。帝国には、帝立剣武学院という学び舎がある。王国の伯爵が、そこへ剣を学びに行く。おかしなことは、何もない」
「おもてむき?」
「本当は、噂を確かめに行ってもらう。魔法を消す術が本当にあるのか。あるなら、誰が、何のために持っておるのか」
フェイは、首をかしげた。
「それって、えっと……」
「潜入捜査、というやつさ」
オリヴィエが、小さな声で言った。
「せんにゅう、そうさ」
「目に魔力を込めれば、人の居場所は、オーラで分かる。見張りも、護衛も、そうやって敵を見つける。……だが、そなたには、オーラが無い」
国王は、まっすぐにフェイを見た。
「そなたは、どんな見張りの感知にも引っかからぬ。この役に、王国でいちばん向いておる」
フェイは、自分の両手を見た。
入学したころ、魔力が0だと、学園中に笑われた手だった。
フェイは、顔を上げた。
「行きます!」
「うむ。……ヴァイスベルク卿」
「はっ」
「騎士団長から、聞いておるな」
「はい。王国から帝国へは、使節団が出ております。私は、その書記官として帝国へ入ります。本当の役目は、伯爵の補佐です」
フェイは、隣を見た。
「オリヴィエ、知ってたの?」
「昨日の夜、騎士団長に呼ばれてね。君には、陛下から話があるまで言うな、と」
オリヴィエは、そこで、ようやく、いつものように片目をつむってみせた。
「騎士になって、最初の任務さ。……組むのが君で、うれしいよ」
「書記官って、何をする人?」
「……字を書く人だよ」
国王が、地図をたたみながら、低く笑った。
「同行は、ほかにもおる。アイゼンガルトの娘は、剣の留学生として、そなたと同じ学院へ入れる。聖女には、帝国の大聖堂から、前々から来てほしいと文が来ておった。わしが、口を添えた」
「ジルとシエルも! やった!」
「うむ。……ただし、このことを知る者は、少ないほどよい」
国王は、たたんだ地図を、引き出しにしまった。
「屋敷の者には、そなたから話してよい。だが、屋敷の外では、決して口にするでないぞ」




