第120話 山の家
山のふもとに、馬車が3台、並んで止まった。
秋の終わりの山は、落ち葉の匂いがした。沢の水が、夏よりも細く、冷たい音を立てている。
「ここから、歩くの?」
ソフィアが、坂道を見上げた。道の脇の草はもう枯れて、白っぽく倒れていた。
「うん。すぐだよ」
「フェイの『すぐ』は、信用しないことにしてるの」
リアが、日傘をたたんだ。
結局、半分も行かないうちに、シエルの足が止まった。クララ先輩も、肩で息をしている。フェイは、シエルを背負い、クララ先輩を片腕に抱えた。
「お、下ろしなさいよ! 自分で歩けるわ!」
「さっきから、同じ石を3回踏んでました」
「数えないで!」
後ろで、リリィが、ノエル先生の袖につかまって、くすくす笑っていた。
杉の林を抜けると、家が見えた。
家の前の平たい岩に、ハンナが腰かけて、豆のさやをむいていた。顔を上げて、坂を上ってくる一行を、端から端まで眺める。
「……あれまあ」
豆のさやが、1つ、膝から転がり落ちた。
「ただいま! おばあちゃん、あのね、おれ、伯爵っていうのになって、それで、みんな、お嫁さんに……」
「ひとりずつ、お言い」
ハンナは、エプロンで手を拭いて、立ち上がった。
「まずは、上がっておくれ。椅子が、足りないけどね」
椅子は、4つしかなかった。
フェイが、裏の薪置き場から丸太を何本も運んできて、斧で平らに割った。会長が「これは、なかなか、趣のある椅子だね」と言いながら、いちばん先に座った。
台所では、ハンナが、芋の皮むきを配っていた。
メイベルの手もとで、皮が、細く長く、1本につながって垂れていく。その隣で、ソフィアの芋は、どんどん小さくなっていった。クララ先輩は、包丁の持ち方から、メイベルに教わっていた。
「……私が芋をむいてるところ、ギュンターに見せたいわ」
「クララ様、刃が、こちらを向いております」
「分かってるわよ!」
ジル先輩は、外で、フェイと並んで薪を割っていた。剣を振るのと同じ構えで斧を振るので、薪が、真っ二つではなく、4つに割れた。
夕暮れになって、奥の部屋から、おじいちゃんが出てきた。
ずっと、部屋にこもって、出てこなかった。ハンナに言わせると、「どの服を着るか、決められなかったんだよ」ということだった。
おじいちゃんは、丸太の椅子にずらりと並んだ娘たちを、長い眉の下から、ひとりずつ見た。
王女。侍女。王家の目。聖女と、その剣。生徒会長。侯爵家の娘。担任の先生。それから、フェイの後ろに隠れるように立っている、小さな妹。
ノエル先生が、立ち上がって、深く頭を下げた。
「……はじめてお目にかかります、バルタザール様。学園で、フェイ君の担任をしております」
「ほう」
おじいちゃんの眉が、片方だけ上がった。
「担任が、嫁に来るのか?」
「……は、はい」
ノエル先生の耳が、真っ赤になった。
その夜の食卓には、芋の煮物と、鹿肉を焼いたのと、豆のスープが並んだ。
食卓に、全員の皿は乗らなかった。膝の上で食べる者もいた。ソフィアのむいた小さな芋も、メイベルのむいた大きな芋も、同じ鍋で煮えていた。
おじいちゃんは、黙って豆のスープをすすった。
髭の先に、豆が1粒、くっついていた。ハンナが、それを指でつまんで取った。
それを見ていた娘たちが、いっせいに、フェイの顔を見た。
「……な、なに?」
誰も、答えなかった。ソフィアが、くすっと笑って、自分のスープに目を落とした。
次の朝、夜明け前の山は、吐く息が白かった。
フェイは、家の前の平たい岩に、両手をついた。
振り返ると、戸口に、毛布にくるまった顔が、9つ並んでいた。
「……みんな、寝てていいよ?」
「いいの。見たいの」
ソフィアが言った。
フェイは、前を向いた。腕を曲げて、伸ばす。
「1、2、3……」
後ろから、いくつもの声が、一緒に数えはじめた。
山の向こう、ずっと遠くの尾根が、少しずつ、白くなっていった。




