第119話 とっくに夢中
生徒会室の扉を開けると、会長が、窓ぎわで、両手を大きく広げていた。
「やあ! よく来たね、フェイ君! いや、今はフェイ伯爵と呼ぶべきかな?」
「フェイでいいです」
「そうかい? では、フェイ君。生徒会に誘うのは、もう何度目になるだろうね。今日こそ、返事を聞かせてくれるのかな?」
会長は、芝居がかった手つきで、机の上の紙を1枚つまみ上げた。生徒会の入会届だった。名前の欄が、空いている。
「勧誘の返事じゃなくて、会長に話があって」
「ほう」
会長は、紙を机に戻した。窓から差しこむ午後の光が、束ねた髪の白いリボンを照らしていた。
「会長に、ずっとそばにいてほしいです」
会長の笑顔が、固まった。
フェイが生徒会の勧誘を断ったときと、同じ固まり方だった。でも、今度は、なかなか元に戻らなかった。
「……それは、その、つまり。私に、伯爵家に入ってほしい、と。そういう」
「はい」
会長は、窓のほうを向いた。窓枠に手をついて、こほん、と咳払いをする。
「は、はは。そうか。うん。いや、私はね、フェイ君。最初に会ったとき、私より強い強者となれば夢中になってしまうかもしれない、と言ったはずだよ」
「耳を舐められました。2回」
「そこは覚えていなくていい」
会長の耳が、赤くなっていた。
「……夢中に、なってしまうかもしれない、ではなかったよ」
窓のほうを向いたまま、会長は、小さな声で言った。
「魔法大会の決勝で、君は、結界を素通りして、私の魔法の光を拳ひとつで砕いただろう。あの瞬間から、とっくに夢中だった。……西の谷でまた助けられて、もう、ごまかせなくなった」
会長は、振り返った。いつもの芝居がかった笑顔ではなかった。
「喜んで。ヴァイスベルクの名にかけて」
夕方、フェイは、演習場へ行った。
誰もいない演習場の隅で、クララ先輩が、1人で魔法の練習をしていた。足もとの砂に、白い霜が、細い線を描いていく。夏に、ぶつかって押し倒してしまった、あの場所だった。
「……何の用よ」
先輩は、こちらを見ないで言った。
「どうせ、もう全員のところに行ったんでしょう。会長のところにも、さっき行ったって、生徒会の子たちが騒いでたわ」
「はい」
「は、はいって……!」
先輩が、振り返った。縦に巻いた灰色の髪が、勢いよく揺れた。
「わ、私のところには、来ないと思ってたわ。だって、私、あなたを蹴ったのよ。あそこを。それに、ずっと変態って呼んでたし」
「はい。痛かったです」
「そこは否定しなさいよ!」
フェイは、少し笑った。それから、先輩の前に立った。
「先輩が、夜にここで1人で練習してたのを知ってます。ギュンターさんのことがあった後も、初めての焼き菓子を焼いて持ってきてくれました。前線でも、あの隕石に氷を伸ばしてくれました」
先輩の顔が、だんだん赤くなっていく。
「だから、先輩にも、ずっといてほしいです」
先輩は、口を開けて、閉じた。
「か、勘違いしないで。私は、グラウベルク家の娘として、伯爵家との縁を……」
そこまで言って、先輩の声が、途切れた。
うつむいた先輩の足もとで、霜の線が、ぐにゃりと曲がっていた。
「……違うわ。そういうのじゃない」
小さな声だった。
「断るわけ、ないじゃない。……ばか」
演習場の外の、木の陰で、白い口ひげの紳士が、片眼鏡を外して、ハンカチで目を押さえていた。




