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零のフェイ ~魔力0の山育ち、拳ひとつで成り上がる~  作者: 凪 瞬作
第一部 最終章 魔導国戦争編
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118/216

第118話 謹んで、受ける

 王都の大聖堂は、昼でもひんやりとしていた。


 高い窓から、色のついた光が、石の床に落ちている。蝋燭の蝋と、古い木の椅子の匂いがした。


 奥の祭壇の前で、シエルが、膝をついて祈っていた。前線で傷ついた兵たちのための祈りだと、入口の修道女が教えてくれた。戻ってきてから、毎日ここに来ているのだという。


 その少し後ろ、柱のそばに、ブリジット先輩が立っていた。腰の剣に手を添えて、背筋をまっすぐに伸ばしている。


 フェイに気づくと、先輩の背筋が、さらにまっすぐになった。


「フェ、フェイさん。シ、シエル様は、今、お祈りの……」

「はい。終わるまで待ってます。……先に、先輩に話があって」

「わ、わたしに?」


 先輩が、柱に背中をぶつけた。


 フェイは、大聖堂の隅の、誰もいない椅子の列へ先輩を連れていった。先輩は、剣の柄を両手で握りしめたまま、ぎくしゃくと座った。


「辺境伯様に、娘を頼むって言われたことがあるんです」

「お、お父様が、勝手に……! あれは、その、お父様の、口癖のようなもので……」

「おれも、先輩にずっといてほしいです」


 先輩の口が、開いたまま止まった。


「前線で先輩がみんなを逃がしてくれたから、おれは安心して跳べました。南の森で、剣が折れてもシエルの上に覆いかぶさってたときも、国境の街で、ふらふらのシエルを支えてたときも、先輩の剣は、いつも誰かの前にあって……それが、かっこいいなって」

「わ、わ、わたしは……剣しか、取り柄が……」


 先輩は、うつむいて、剣の柄を見た。


 それから、ゆっくりと、その柄を握りなおした。


 顔を上げたとき、どもりは、どこにも無かった。


「――謹んで、受ける」


 前線で、武運を、と言ったときの声だった。


「アイゼンガルトの剣は、聖女様のものだ。……あの森で一度折れたが、打ちなおした。ブリジット・アイゼンガルトの剣は、今日から、あなたの隣にある」


 言い切ってから、先輩は、剣の柄から手を離した。


 とたんに、顔が、首まで真っ赤になった。


「……い、今のは、その、剣を持っていたから、言えただけで……」

「すごくかっこよかったです」

「い、言わないでくださいぃ……」


 祭壇のほうで、祈りの声がやんだ。


 シエルが、立ち上がって、こちらを見ていた。頬が、ぷくっとふくらんでいた。


「……ジルと何のお話をしていたのですか?」

「シエルにも、同じ話」


 シエルの頬が、しぼんだ。かわりに、目が丸くなった。


 フェイは、祭壇の前まで歩いていった。色のついた光が、シエルの白い服の上で揺れていた。


「シエルにも、ずっとそばにいてほしい」

「わ、わたくし、聖女ですのに……」

「うん。聖女のままでいいよ。病気の人がいたら、おれが運ぶから」


 国境の街で、坂を何往復もしたことを思い出した。背中に1人、両腕に1人ずつ。シエルが治して、フェイが運んだ。


 シエルは、胸の前で、両手を組んだ。祈るときと、同じ形だった。


「……夏休みに、わたくし、国境の街へ一緒に来ていただけないか、とフェイさんにお願いをしましたね」

「うん」

「あのとき、フェイさんがいてくだされば大丈夫な気がする、と言いました」


 シエルは、少しだけ首をかしげて、笑った。


「気がする、ではありませんでした。本当に大丈夫でした。……ですから、今度は、わたくしからお願いします」


 組んだ両手が、ほどけた。その手が、フェイの手を、そっと包んだ。


「わたくしも、ずっとフェイさんのそばにいたいのです」


 後ろの椅子の列で、ブリジット先輩が、赤い顔のまま、小さく拍手をしていた。

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