第118話 謹んで、受ける
王都の大聖堂は、昼でもひんやりとしていた。
高い窓から、色のついた光が、石の床に落ちている。蝋燭の蝋と、古い木の椅子の匂いがした。
奥の祭壇の前で、シエルが、膝をついて祈っていた。前線で傷ついた兵たちのための祈りだと、入口の修道女が教えてくれた。戻ってきてから、毎日ここに来ているのだという。
その少し後ろ、柱のそばに、ブリジット先輩が立っていた。腰の剣に手を添えて、背筋をまっすぐに伸ばしている。
フェイに気づくと、先輩の背筋が、さらにまっすぐになった。
「フェ、フェイさん。シ、シエル様は、今、お祈りの……」
「はい。終わるまで待ってます。……先に、先輩に話があって」
「わ、わたしに?」
先輩が、柱に背中をぶつけた。
フェイは、大聖堂の隅の、誰もいない椅子の列へ先輩を連れていった。先輩は、剣の柄を両手で握りしめたまま、ぎくしゃくと座った。
「辺境伯様に、娘を頼むって言われたことがあるんです」
「お、お父様が、勝手に……! あれは、その、お父様の、口癖のようなもので……」
「おれも、先輩にずっといてほしいです」
先輩の口が、開いたまま止まった。
「前線で先輩がみんなを逃がしてくれたから、おれは安心して跳べました。南の森で、剣が折れてもシエルの上に覆いかぶさってたときも、国境の街で、ふらふらのシエルを支えてたときも、先輩の剣は、いつも誰かの前にあって……それが、かっこいいなって」
「わ、わ、わたしは……剣しか、取り柄が……」
先輩は、うつむいて、剣の柄を見た。
それから、ゆっくりと、その柄を握りなおした。
顔を上げたとき、どもりは、どこにも無かった。
「――謹んで、受ける」
前線で、武運を、と言ったときの声だった。
「アイゼンガルトの剣は、聖女様のものだ。……あの森で一度折れたが、打ちなおした。ブリジット・アイゼンガルトの剣は、今日から、あなたの隣にある」
言い切ってから、先輩は、剣の柄から手を離した。
とたんに、顔が、首まで真っ赤になった。
「……い、今のは、その、剣を持っていたから、言えただけで……」
「すごくかっこよかったです」
「い、言わないでくださいぃ……」
祭壇のほうで、祈りの声がやんだ。
シエルが、立ち上がって、こちらを見ていた。頬が、ぷくっとふくらんでいた。
「……ジルと何のお話をしていたのですか?」
「シエルにも、同じ話」
シエルの頬が、しぼんだ。かわりに、目が丸くなった。
フェイは、祭壇の前まで歩いていった。色のついた光が、シエルの白い服の上で揺れていた。
「シエルにも、ずっとそばにいてほしい」
「わ、わたくし、聖女ですのに……」
「うん。聖女のままでいいよ。病気の人がいたら、おれが運ぶから」
国境の街で、坂を何往復もしたことを思い出した。背中に1人、両腕に1人ずつ。シエルが治して、フェイが運んだ。
シエルは、胸の前で、両手を組んだ。祈るときと、同じ形だった。
「……夏休みに、わたくし、国境の街へ一緒に来ていただけないか、とフェイさんにお願いをしましたね」
「うん」
「あのとき、フェイさんがいてくだされば大丈夫な気がする、と言いました」
シエルは、少しだけ首をかしげて、笑った。
「気がする、ではありませんでした。本当に大丈夫でした。……ですから、今度は、わたくしからお願いします」
組んだ両手が、ほどけた。その手が、フェイの手を、そっと包んだ。
「わたくしも、ずっとフェイさんのそばにいたいのです」
後ろの椅子の列で、ブリジット先輩が、赤い顔のまま、小さく拍手をしていた。




