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零のフェイ ~魔力0の山育ち、拳ひとつで成り上がる~  作者: 凪 瞬作
第一部 最終章 魔導国戦争編
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116/216

第116話 東の塔

 城の東の塔の上は、風がよく通った。


 夕焼けが、王都の屋根を、端から順に赤く染めていく。ソフィアは、胸壁に両手をついて、それを見ていた。金色の髪が、風にほどけて流れている。


「伯爵様が、こんなところに何のご用かしら」


 振り返らずに、ソフィアが言った。声が、少しだけ笑っていた。


「ソフィに、話があって」


 フェイは、隣に並んだ。石の胸壁は、昼の熱を残して、まだ温かかった。


 何から言えばいいのか、分からなかった。


 頭の中に、最初の日のことが浮かんだ。山の草地で、熊の前に膝をついていた女の子。目を閉じることもできずに、こちらを見上げていた顔。


「おれ、山を下りてから、ずっとソフィに助けてもらってた」

「……そうね。制服の着方も、ナイフとフォークの持ち方も、わたしが教えたのよ」

「うん」


 フェイは、左の手首を握った。銀の鎖の下で、金の石が、ひんやりと当たった。


「前線で、毎晩、ソフィの声を聞いてた。あれがあったから、怖くなかった」


 ソフィアの手が、胸壁の上で、ぎゅっと握られた。


「だから、これからもずっと、おれのそばにいてほしい」


 風が、止まった気がした。


 ソフィアが、ゆっくりと振り返った。夕焼けのせいなのか、顔が、真っ赤だった。


「……バカあ」


 小さな声だった。


「遅すぎるわ。わたし、熊の日からずっと待ってたのに」


 ソフィアは、フェイの胸に、額をぶつけるようにして寄りかかった。


「はい。……ずっと、いるわ。あなたが嫌だって言っても」


 フェイは、ソフィアの背中に、そっと腕を回した。髪から、日なたの匂いがした。


 塔の階段を下りると、踊り場に、メイベルが立っていた。


 両手を前でそろえて、侍女の顔をしていた。ソフィアを待っていたのだろう。けれど、その目が、少しだけ赤かった。


「……おめでとうございます。ソフィア様」


 ソフィアは、何も言わずに、メイベルの手を握った。それから、フェイの背中を、とん、と押して、先に階段を下りていった。


 踊り場に、フェイとメイベルが残された。


「メイ」

「はい、フェイ様」

「メイにも、いてほしい」


 メイベルの肩が、びくりと跳ねた。


「わ、私は、侍女です。ソフィア様のお側にお仕えする身で……伯爵様の、お相手になど」

「メイが、いい」


 フェイは、メイベルの前に立った。


「王宮に泊まった夜、メイがおやすみって言ってくれたとき、かわいいってこういうことかって思った。あれからずっと、そう思ってる」


 メイベルは、うつむいた。


 栗色の髪が、頬にかかって、顔が見えなかった。そろえた両手の指先が、白くなるほど握りあわされている。


 やがて、メイベルは、顔を上げた。泣きそうなのに、笑っていた。


「……はい。お側に、置いてください」


 それから、少しだけつま先立ちになって、あの夜と同じ声で言った。


「フェイ」


 様が、ついていなかった。


 階段の下から、ソフィアの声と、それにかぶさる、もう1つの声が聞こえてきた。


「お母様!? いつからそこに……!」

「ねえ、わたしは!? わたしにも言ってくれないの!?」

「お母様には、お父様がいらっしゃるわ!」

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