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零のフェイ ~魔力0の山育ち、拳ひとつで成り上がる~  作者: 凪 瞬作
第一部 最終章 魔導国戦争編
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115/216

第115話 フェイ兄様

 ヴァルモント家の屋敷は、がらんとしていた。


 家具には、白い布がかけられている。私兵も、使用人も、もういない。広い玄関に、フェイの足音だけが響いた。


 階段の上の部屋から、物音がした。


 扉を開けると、リリアーナが、小さな旅行鞄に、服を詰めていた。鳶色の長い髪は、今日もきちんと編んで留めてある。出陣の朝、城門の人垣の端で、黒い馬を見送っていた子だった。


 リリアーナは、フェイを見て、ぱっと立ち上がった。


「あ……伯爵様」

「フェイでいいよ。何してるの?」

「出ていく支度を。このお屋敷は、もう伯爵様のものですから」


 リリアーナは、鞄の口を閉じた。小さな鞄だった。14年分の荷物が、それ1つに収まっていた。


「行くところ、あるの?」

「修道院に入れていただこうと思っています。父と兄が南の島で罪を償うあいだ……わたしも、何かしていないと」


 リリアーナは、笑おうとした。うまく笑えていなかった。


「殿下との婚約も無くなりました。当然です。罪人の家の娘が、王家に嫁げるはずがありません」


 フェイは、部屋の中を見回した。


 窓ぎわに、机があった。机の上に、色の褪せた紙が1枚、丁寧に畳んで置いてある。号外だった。何度も開いたり畳んだりしたのか、折り目が擦り切れかけていた。


 陛下の部屋で言われたことを、思い出した。


 ――あの娘には、もう帰る家が無い。そなたの家で、引き取ってはくれぬか。


「あのさ」


 フェイは、頭をかいた。


「おれ、この家もらったんだけど。広すぎて、1人じゃ住めないんだ」

「……はい?」

「おれ、ずっと山で、おじいちゃんとおばあちゃんと3人で住んでたから。ご飯も3人で食べてた。1人で食べるのは、あんまり好きじゃなくて」


 リリアーナは、鞄の取っ手を握ったまま、フェイを見ていた。


「だから、ここにいてくれるとうれしい。陛下にも頼まれたし」

「で、でも、わたしは、ヴァルモントの娘で……」

「うん。だから、妹になってよ」


 リリアーナの目が、大きく開いた。


「おれ、兄弟いないから、ずっと妹がほしかったんだ」


 部屋が、しんとした。


 リリアーナの手から、鞄が落ちた。床に当たって、ぱたん、と倒れた。


「……わたしが、届けたんです」


 声が、震えていた。


「父を。兄を。わたしが、あの手紙を届けたから、2人とも……」

「うん」

「それなのに、わたしだけ、ここにいて、いいんですか?」


 フェイは、少し考えた。


「いいよ。リリアーナさんが届けてくれたから、決着がついたんだ」


 リリアーナが、両手で顔を覆った。


 肩が、細かく震えはじめた。指のあいだから、ぽたぽたと、涙が落ちた。


 フェイは、どうしていいか分からなかった。おばあちゃんが、泣いている子どもにしていたことを思い出す。そっと手を伸ばして、鳶色の頭を、ぽん、ぽんと撫でた。


 しばらくして、リリアーナが、顔を上げた。目も鼻も、真っ赤だった。


「……リリィ、と呼んでください」

「リリィ?」

「兄が……家族が、そう呼んでいました」


 それから、リリアーナは、少しだけ迷うように目を伏せた。


「……よろしくお願いします。フェイ兄様」


 窓の外で、夕方の鐘が鳴りはじめた。


 フェイは、床に倒れた鞄を拾い上げた。中身を出すのを、手伝うことにした。

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