第113話 裁き
レオンハルト・ヴァルモントは、目を開けた。
高い天井が見えた。白い石に、金の縁取り。頬の下の床が、ひやりと冷たい。
――はっ。
体を起こそうとして、できなかった。両手が、背中で縛られている。
頭の中が、ぐちゃぐちゃだった。順に、思い出そうとする。
開戦の前の晩、父上と私兵を連れて、川を渡った。魔導国の本陣の警護に付いた。夜が明けて、何百人もの魔法使いが、空から巨大な隕石を落とした。あれで、王国軍は終わるはずだった。
隕石が、砕けた。
空から、何かが落ちてきた。土煙の中から、あの魔力無しが出てきた。本陣の魔法使いたちが、一斉に風の大魔法を放った。竜巻が、あいつに向かっていった。
そこから先が、無い。
吹き飛ばされた、ような気がする。
「……ここは!?」
声が、広い部屋に響きわたった。
見覚えがあった。謁見の間だ。いつだったか、父上がバルドリック子爵を切り捨てた、あの部屋。
玉座に、国王が座っていた。その隣に、王妃。段の下には、貴族たちがずらりと並んで、こちらを見下ろしている。
すぐ横で、父上も、縛られて膝をついていた。
「目が覚めたか」
国王の声が、上から降ってきた。
「ちょうどよい。2人とも、聞いておけ」
段の下から、ノクターン家の娘が進み出た。手に、1通の手紙を持っている。深い青の封蝋。銀の星。
レオンハルトの背中を、冷たいものが走った。
「オルドラン魔導国とヴァルモント公爵が交わした約定です。陛下を討ち、アルベルト殿下を魔導国に従う王に立て、公爵が摂政として国を執る、と。末尾に、公爵の直筆の署名があります」
貴族たちが、どよめいた。
「戯言だ!」
父上が、叫んだ。
「その手紙は、ノクターンの小娘がでっちあげたものだ! 我がヴァルモントは、王家の剣として、前線で……!」
「前線で、魔導国の本陣にいたそうだな」
国王の声は、静かだった。
「准男爵が、敵の本陣からそなたを担いで帰ってきた。そなたは私兵ともども、魔導国の天幕の中で寝ていたそうだな。担がれて戻るところは、川岸の王国兵が大勢見ておる」
父上の口が、ぱくぱくと動いた。声は、出てこなかった。
「それに、その約定は、ノクターン家が見つけたものではない」
国王の目が、段の下の、柱の陰へ向いた。
そこに、リリアーナが立っていた。
王女ソフィアの隣で、両手を胸の前で握りしめている。目が、真っ赤だった。
「……リリィ」
レオンハルトの口から、小さいころの呼び名がこぼれた。
妹は、こちらを見なかった。見ないようにしているのが、分かった。握りしめた指が、白くなっていた。
父上が、獣のような声で唸った。
「リリアーナ! 貴様、父を……!」
「黙れ」
国王の一言で、謁見の間の空気が、ぴんと張りつめた。
「ヴァルモント公爵家は、本日をもって取り潰す。公爵ならびに一族の者は、南の島へ送り、生涯、労役に就かせる」
レオンハルトは、床を見つめた。
謁見の間の端に、あの魔力無しが立っていた。借り物らしい、袖の短い上着を着て、困ったような顔で、こちらを見ている。
あいつの顔には、笑みも、勝ち誇った色も無かった。
レオンハルトは、自分が、ずっと笑っていたことを思い出した。号外を畳んだ教室で。踊り場の手すりで。この部屋で、父上が子爵を切り捨てたときも。
今は、どうやっても、口の端が上がらなかった。
「ただし」
国王が、続けた。
「この約定を届けたリリアーナ・ヴァルモントは除く。家より国を選んだ者を、家の罪で裁くことはせぬ」
柱の陰で、妹の肩が、大きく震えた。
王女ソフィアが、その肩を、そっと抱き寄せていた。




