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零のフェイ ~魔力0の山育ち、拳ひとつで成り上がる~  作者: 凪 瞬作
第一部 最終章 魔導国戦争編
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111/216

第111話 東の橋

 東の橋は、谷川にかかった、古い石の橋だった。


 馬車が1台、やっと渡れるほどの幅しかない。その橋の真ん中に、氷の壁が、天井まで届きそうな高さで立っていた。


 壁の手前に、クララ先輩が、1人で立っていた。


 グラウベルク家の兵たちは、橋の向こう側に固まっている。先輩は、橋のこちら側で、敵のほうを向いていた。兵たちを先に渡して、自分だけ残ったのだ。


 氷の壁の向こうから、炎の魔法が、何度も叩きつけられていた。そのたびに、壁の表面が、じゅっと音を立てて溶ける。先輩が、溶けたところに、すぐ新しい氷を張りなおす。


 張りなおすたびに、壁が、少しずつ薄くなっていた。


 先輩の足もとの石畳に、白い霜が、細い線を描いている。その線が、途切れ途切れになっていた。


 どん、と、いちばん大きな炎が、壁にぶつかった。


 氷の壁の真ん中に、大きな穴が開いた。穴の向こうに、黒い鎧の兵たちが、槍を構えて並んでいるのが見えた。


「……来なさいよ」


 先輩は、両手を前に突き出した。けれど、手のひらから出たのは、白い息のような、薄い冷気だけだった。


「グラウベルクの橋を、渡れるものなら……!」


 黒い鎧が、穴から、どっと押し寄せた。


 フェイは、その真ん中に、上から落ちた。


 石の橋が、ずしん、と鳴った。押し寄せてきた兵たちが、足もとをすくわれて、まとめて後ろへ転がった。転がった兵が、後ろの兵にぶつかって、またその後ろへ。


 フェイは、穴のあいた氷の壁の前に立って、拳を、ひとつだけ前へ突き出した。


 風が、橋の上を、まっすぐに吹き抜けた。


 壁の向こうに残っていた黒い鎧が、1人残らず、橋の向こうの土手まで飛んでいった。


 フェイは、振り返った。


「先輩」


 クララ先輩は、両手を突き出したまま、固まっていた。琥珀色の目が、まんまるになっている。


「お、遅いわよ!」


 最初に出てきたのは、それだった。


「わ、私、もう少しで……べ、別に、助けなんて、要らなかったけど! あと少しくらい、持たせられたけど!」


 そこまで言って、先輩の膝が、かくんと抜けた。


 フェイは、地面につく前に、先輩の体を支えた。先輩の手は、氷みたいに冷たかった。


「……うそ」


 フェイの腕の中で、先輩は、小さな声で言った。


「もう、氷が出なかったの」


 フェイは、先輩を、そのまま両腕で抱き上げた。


「ちょ、ちょっと! な、何してるのよ!」

「先輩は立てないので、このまま戻ります」

「た、立てるわよ! 下ろしなさい! 兵たちが、見てるでしょ!」


 先輩は、フェイの胸を、ぽかぽかと叩いた。力が、まるで入っていなかった。


 橋の向こうで、グラウベルクの兵たちが、そろって目をそらした。


「……ギュンターには、言わないで」

「はい」


 先輩は、叩くのをやめた。フェイの肩口に、額を押しつける。冷たかった手が、少しずつ温かくなっていった。


 夕方、辺境伯の丘に、みんなが戻ってきた。


 フェイの腕の中には、いつのまにか眠ってしまったクララ先輩が。けが人を乗せた荷車を押して、ジル先輩とシエルが。白い山の旗を立てて、会長が。


 辺境伯が、荷車の前で、ジル先輩を、両腕で丸ごと抱き上げた。ジル先輩は、今度は「皆さんが、見て」とは言わなかった。


 会長が、旗を兵に預けて、こちらへ歩いてきた。白いリボンは、片方だけ、少し曲がって結ばれていた。


「会えたね、フェイ君」

「はい。約束どおり」


 会長は、フェイの腕の中で眠るクララ先輩を見下ろして、ふっと息をもらした。それから、指先で、先輩の頬にかかった巻き髪を、そっと払った。


「……この子が起きたら、大騒ぎだろうね」


 川の向こうでは、魔導国の兵たちが、総大将を失って、ばらばらに後ろへ下がっていた。


「フェイ」


 ノエル先生が、丘の上で待っていた。足もとには、すうすうと眠る公爵とレオンハルトが、縄で縛られて転がっている。


「……戻ってきたな」

「はい。戻ってきました」


 先生は、ひびの入った眼鏡を押し上げた。それ以上は、何も言わなかった。


 その夜、左の手首で、金の石が震えた。


『……フェイ?』

「ソフィ。勝ったよ」


 石の向こうで、誰かが、息をのむ音がした。それから、小さく、鼻をすする音がした。

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