↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
零のフェイ ~魔力0の山育ち、拳ひとつで成り上がる~  作者: 凪 瞬作
第一部 最終章 魔導国戦争編
PR
110/216

第110話 西の谷

 西の道は、2つの丘のあいだを抜ける、細い谷になっていた。


 フェイは、丘の尾根を走った。木の枝を蹴り、岩を蹴る。下の谷から、金属のぶつかる音と、怒鳴り声が上がってくる。


 谷の底に、白い山の旗が見えた。


 ヴァイスベルク家の兵たちが、谷の出口のほうへ、押しこまれるように固まっていた。谷の両側の斜面から、黒い鎧が、矢と魔法を雨のように降らせている。前からも、後ろからも。


 その、いちばん後ろに、会長がいた。


 兵たちに背を向けて、1人で、谷の入口のほうを向いて立っている。両手を前に突き出して、光の壁を張っていた。


 壁は、薄かった。


 いつか、魔法大会の結界で見た光とは、比べものにならない。矢が当たるたびに、光がちらちらと揺れて、ところどころ、向こうが透けて見えた。


「下がれ! ヴァイスベルクの兵は、出口まで下がれ! ここは、私が持たせる!」


 会長の声は、いつものように朗々としていた。けれど、突き出した腕が、肘のところで、細かく震えていた。


 谷の入口に、長い衣の魔法使いが、10人ほど並んだ。


 杖を、一斉に掲げる。頭の上に、陣が重なっていく。1枚、2枚、3枚。重なった陣の真ん中で、炎が、ぐるぐると渦を巻きはじめた。


 会長が、何か唱えた。光の壁を、厚くしようとしたのだと思う。


 壁の真ん中に、ひびが走った。


 会長の膝が、がくんと折れた。それでも、会長は、両手を下ろさなかった。


 炎の渦が、放たれた。


 フェイは、尾根を蹴った。


 谷へ、斜めに落ちていく。炎のほうが速い。会長の光の壁が、炎に触れて、ぱりん、と、ガラスのように砕けた。


 その砕けた光の粒の中へ、フェイは、飛びこんだ。


「――せいっ!」


 拳が、炎の渦の真ん中を打ち抜いた。


 炎が、内側から破裂した。熱い風が、谷じゅうを駆け抜けて、斜面の黒い鎧たちを、木の葉みたいに吹き上げた。並んでいた魔法使いたちが、杖ごと、谷の外へ転がっていく。


 熱が引くと、谷は、静かになっていた。


 フェイは、振り返った。


 会長が、膝をついたまま、こちらを見上げていた。外套が、煤で黒くなっている。長い髪を結んだ白いリボンが、片方、ほどけかけていた。


 会長は、いつものように、片手を、ひらりと広げようとした。


「や、やあ。いいところに来たね、フェイく……」


 声が、そこで、途切れた。


 広げかけた手が、宙で止まって、それから、ゆっくり下りてきた。会長は、その手で、自分の口もとを覆った。


 肩が、小さく、震えていた。


「……すまない。今のは、無しだ。少し、待ってくれたまえ」


 フェイは、会長の前にしゃがんだ。


「会長、けがは無いですか?」

「無い。……無いよ。君が、来たからね」


 会長は、口もとから手を下ろした。目の縁が、赤かった。それでも、笑ってみせた。いつもの、舞台の上の笑いではなかった。


「行きたまえ。まだ、どこか残っているのだろう? 君の顔に、そう書いてある」

「東の橋に、クララ先輩が」

「なら、急ぐといい。あの子は意地っ張りだから、助けを呼ばない」


 会長は、谷の出口のほうへ、手を振った。


「ヴァイスベルクの兵は、私が連れて帰る。……ほら、早く」


 フェイは、うなずいた。


 それから、立ち上がる前に、会長の髪に手を伸ばした。ほどけかけた白いリボンの端をつまんで、きゅっと結びなおす。山で、おばあちゃんの前掛けの紐を結んだときと、同じ結び方だった。


「会長」

「な、なんだい?」

「1人で残ってたの、すごくかっこよかったです。……また、あとで。辺境伯様の丘で、会いましょう」


 会長の口が、開いたまま止まった。


 いつもなら、ここで、芝居がかった台詞が返ってくる。けれど、会長は、何も言わなかった。結びなおされたリボンに、そっと指で触れて、それから、うつむいた。耳の先が、赤かった。


「……ずるいな、君は」


 小さな声だった。


 フェイは、立ち上がった。


 谷を出るとき、一度だけ振り返った。会長は、リボンに片手を添えたまま、兵たちに向かって、もう、朗々と号令をかけていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。