第107話 連れていこうっと
フェイは、むきだしになった扇の上を、丘のてっぺんへ駆け上がった。
土は、まだ温かかった。踏むと、足の裏で、さらさらと崩れる。草の匂いも、焦げた匂いもしない。掘り返したばかりの畑のような、生の土の匂いだけがした。
扇の縁で、魔法使いたちが、うめきながら顔を上げた。駆けていくフェイを見て、杖を拾おうとした者が、手を止める。もう1人が、杖を、そっと地面に置いた。
誰も、詠唱しなかった。
白い髭の老人の前に立つ。老人は、尻もちをついたまま、震える手で杖を向けてきた。
「く、来るな……!」
「すみません。一緒に来てもらいます」
首の後ろに、手刀を落とす。とん、と軽い音がして、老人はそのまま横に倒れた。金の角の兜が、むきだしの土の上に転がった。
フェイは、老人を肩に担いだ。
それから、ふと、丘の向こう側を見た。
扇の縁のすぐ外に、いちばん大きな天幕の骨組みだけが、布を剥ぎ取られて残っていた。その床に、敷物が敷いてあった。その上に、魔導国の兵とは違う鎧の男たちが、何人も倒れている。胸のところに、剣の紋が入っていた。
敷物の真ん中に、大柄な男が、仰向けにのびていた。
「……あれ?」
フェイは、しゃがんで、その顔をのぞきこんだ。
軍議の部屋で、自分を前線に連れていけと言った顔。謁見の間で、子分を切り捨てた顔。
「この人、あの人だ」
ヴァルモント公爵だった。
フェイは、首をかしげた。どうして、王国の公爵が、魔導国の本陣で寝ているのだろう。一緒に戦いに来たのなら、川のこっち側にいるはずだ。
丘の上から消えた旗。後ろで退路を守ると言っていた私兵たち。リアの、前に出されたら罠よ、という声。
「……もしかして、この人が、悪いことしてたのかな」
分からなかった。でも、ここに置いていくのは、なんだか違う気がした。
「連れていこうっと」
空いているほうの肩に、公爵を担ごうとした。
そのとき、公爵の目が、ぱちりと開いた。
目の前に、フェイの顔があった。その肩に、金の角の兜の老人が、ぐったりと担がれている。公爵の顔から、血の気が引いた。
それから、公爵は、笑いだした。
「……もう、遅い」
「え?」
「退路には、魔導国の兵を伏せてある。西の道にも、南の森にも、東の橋にもだ。逃げた者どもは、自分から罠に飛びこんでいく」
公爵の唇が、めくれ上がった。
「今頃は、他は全滅だ! ハッハッハッハ!」
フェイの体が、固まった。




