第106話 竜巻
敵襲を告げる叫びが、丘のふもとから、てっぺんまで駆け上がっていった。
丘の上から、角笛が鳴った。
天幕のまわりを固めていた魔法使いたちが、一斉に、こちらへ向きなおった。火の雨から逃げていた者たちも、角笛を聞いて、丘の上へ駆け戻ってくる。100人、200人。丘の斜面が、長い衣で埋まっていく。全員が、同じ形に両手を構えた。
詠唱が、重なった。
何百もの声が、1つの低い唸りになる。地面が、その唸りに合わせて、細かく震えはじめた。
フェイは、穴の底から、それを見上げていた。
魔法使いたちの頭の上に、緑の光の陣が浮かぶ。1枚、また1枚。陣の上に陣が重なり、重なった陣が、ゆっくりと回りはじめる。回るたびに、外側へ新しい陣が足されて、輪がひと回りずつ大きくなっていく。
まわりの空気が、丘の上へ吸い寄せられていった。穴の縁の土が、さらさらと崩れて、上へ流れていく。フェイの前髪も、上へ引っぱられた。
輪が、丘の上の空を、端から端まで覆った。
その真ん中で、風が渦を巻いた。
草が千切れて舞い上がり、天幕の布が引きちぎられて、空へ吸いこまれていく。渦はみるみるうちに太くなった。丘よりも、ずっと高く。空の雲まで、渦の中に巻きこまれて、灰色の柱になった。
見上げても、てっぺんが見えなかった。
角笛が、もう一度鳴った。
超巨大な竜巻が、丘を下りはじめた。
丘の下には、まだ、魔導国の兵たちがいた。火の雨から逃げまどって、盾を抱えてうずくまっている者。倒れた仲間を引きずっている者。
竜巻は、止まらなかった。
逃げ遅れた黒い鎧の兵たちが、悲鳴ごと、宙へ巻き上げられていく。槍も、盾も、馬も、倒れた旗も。味方ごと、何もかもを吹き飛ばしながら、竜巻は、まっすぐにフェイの穴のほうへ向かってきた。
フェイは、穴から上がった。
風が、正面からぶつかってくる。髪も服も、後ろへちぎれそうなくらい引っぱられた。目を細める。
さっきの隕石よりは、小さかった。
右の拳を、腰の横に引く。
「ふんっ!」
まっすぐ、突き出した。
拳の先で、空気が爆ぜた。
一瞬、何の音もしなかった。
次の瞬間、拳の向こうにあったものが、全部、消えた。
竜巻が、真ん中から消し飛んだ。それだけではなかった。拳の先から、扇を開くように、見えない何かが広がっていった。斜面の草が、土ごと剥ぎ取られる。転がっていた岩が、砂になって散る。倒れていた旗も、天幕も、杭も、何もかもが、拳の向いた先から、跡形もなく吹き払われていった。
遅れて、土煙が立ち上がった。
フェイの足もとから、丘のてっぺんまで。灰色の壁のような土煙が、空へ向かって、もくもくと、山のように積み上がっていく。その中から、魔法使いたちが、木の葉みたいに宙へ放り出されて、扇の外へ外へと転がっていった。
フェイの後ろの草は、1本も揺れていなかった。
土煙が、ゆっくりと流れていく。
その下から、丘が現れた。
フェイの立っている場所から、丘のてっぺんまで、扇の形に、地面がむきだしになっていた。草も、石も、天幕も、何も無い。茶色い土が、平らにならされて、まっすぐに続いているだけだった。
扇の縁に沿って、魔法使いたちが、ばらばらに転がってうめいていた。
扇の先の、むきだしになった丘のてっぺんで、白い髭の老人が、腰を抜かしていた。頭の上で、金の角の兜が、斜めにずれていた。




